第062話 歴史に名を残す女


 ララに説明した後は部屋でゆっくりと過ごしていた。


 俺はベッドでジャックのサイン本を読み、リーシャとマリアはお茶会という名のおしゃべりをしている。

 ララは…………部屋の隅で立っていた。


「お前、いつまで立ってんだ?」


 俺は本を置くと、部屋の隅にいるララに声をかける。


「え? でも、私は奴隷ですので……」

「いや、話を聞いてたか? 奴隷じゃないっての」

「で、ですが……」


 こら、重症だな。


「お前、元はどこにいたんだ?」

「え?」

「出身地だ」

「えっと、海を渡った先のヒイロという国です」


 聞いたことないな。

 海って言われても広いし、全然わからん。


「どういうところだ?」

「自然の多い国です」

「お前はそこでどういう生活を送っていた?」

「野原で駆けて…………遅くまで遊んでお母さんに怒られて…………」


 ララの目から涙が溢れてきた。


「じゃあ、そうしろ。仲間を助けたらさっさとその国に戻って、好きなだけ野を駆けろ。お前は自由だ」

「…………はい」

「ララさん、お茶でも飲みましょうよ」


 マリアがララをお茶に誘う。


「はい、ありがとうございます」


 ララはゆっくりとだが、テーブルに向かうと、椅子に座り、お茶を飲んだ。


 しばらくすると、部屋のノックの音が響く。


「ニコラか?」


 俺はベッドに寝そべったまま扉に向かって聞く。


「はーい。晩御飯ですけど、どうしますー?」


 もうそんな時間か……


「部屋に持ってきてくれ。あとワインも」

「ワインはルシルさんにツケとけばいいですかー?」

「それで頼む」


 ルシルは良い奴だなー。


「はーい。では、すぐにお持ちします」


 ニコラがそう言い、そのまま待っていると、ニコラが4人分の食事を持って部屋に入ってくる。


「失礼しまーす。修羅場はどうでした?」


 ニコラが食事をテーブルの置きながら聞いてくる。


「ねーよ」

「心の広い奥様ですねー。美人の余裕でしょうか?」

「知らんわ」

「あ、奴隷さんの食事はどこに置きましょう?」


 ん?


「どこって?」

「いや、テーブルか床か」

「床で食わせるの?」

「そういうお客さんもいらっしゃいます」


 理解に苦しむな。

 見てて、不快だろ。


「テーブルに置け。行儀が悪いし、食事を作った者へ失礼だ」

「そう言ってもらえると、父も喜ぶと思います。あ、ワインも置いておきます」


 ニコラはそう言うと、最後の食事をテーブルに置き、ワインとグラス3つも置いた。


「3つしかないぞ。奴隷は飲ませたらダメか?」

「いや、その子は子供じゃないですか」

「ワインくらいは子供でも飲むだろ」

「お客さん、本当に外国の人なんですねー。この国では子供がお酒を飲むのはダメです」


 ワインは酒じゃないのに……


「じゃあ、ガキでも飲めるものを持ってこい」

「ジュースとかで良いですか?」

「それでいい。あ、ルシルな」

「了解です」


 ニコラは部屋を出ると、すぐにジュースを持ってきてくれた。

 俺達はニコラが退室すると、食事を食べ始める。


「まあまあだな」

「そうね」

「だから素直に美味しいって言いましょうよー」


 俺達は魚料理を満喫しているが、ララは一向に食べようとしない。


「お前も食えよ。ルシルのおごりだぞ」

「そうよ。もったいないわよ」

「お魚が嫌いですか?」

「いや、その、皆様、きれいに食べられますし…………」


 そりゃ、貴族と王子様だもん。


「好きに食え。下賎の者に礼儀は求めん。ましてや、種族が違うならどうでもいい」

「…………ですか。では、いただきます」


 ララはそう言うと、フォークを魚に刺し、口元に持っていくと、かぶりついた。


「え? いや、骨…………」


 俺が呆れていると、ララはそのままバクバクと食べ始め、すぐに魚が丸ごとなくなった。


「……骨は?」


 リーシャが唖然とした表情で聞く。


「美味しかったです」


 えー……こいつの口の中はどうなってんだ?


「ま、まあ、好きに食べればいいんですよ。ララさん、トマトいります? お腹が空いてるでしょ」

「それもそうね。ララ、人参をあげるわ」

「俺もやろう」


 優しい俺達はこれまでロクなものを食べていないであろうララに食事をわけてあげる。


「皆様…………私、人族にこんなに優しくしてもらったのは初めてです。人族の中にも優しい人がいるんですね」


 うんうん。

 泣け、泣け。

 そして、俺の人参を食え。

 げろマズだが、きっと美味いぞ。


 俺達はその後も夕食を食べ続け、食事を終えると、各自が順番に風呂に入った。

 もちろん、ララも入れてやった。


 風呂から上がると、もう一本ワインを開ける。


「この宿のワインはリリスの宿よりかは良い物よね」


 いつものようにバスタオル一枚でベッドに腰かけ、その絶世の肢体を晒しているリーシャがワインを飲む。


「お前、今日くらいは服を着ろよ。ララがいるんだぞ」


 ララは呆然とリーシャの痴態を見ている。


「別にいいじゃないの」


 リーシャは悪びれもせずにワインを飲む。


「…………殿下、あれはララさんをけん制しているんです。お前ごときが自分に勝てるわけないだろと言っているんです」


 俺と同じく、テーブルに座っているマリアが小声で教えてくれる。


「…………いや、10歳のガキに何をしてんだ?」

「…………そういう御方です。嫉妬の塊の下水さんなんです。実際、ララさんは完全に戦意を喪失しています」


 ララはただただ呆然とリーシャを眺めている。


「…………お前はへこまないの?」

「…………へこみます。ですが、要は考え方です。あの人は極上のステーキ。私はポテトフライ。ほら、どっちも食べたいでしょ」


 まあ、言わんとすることがわからないでもないが、自分で自分を芋と表現するかね?


「ふーん……」

「そこでコソコソとしているぶどうとわたくしの旦那様。ララはどこで寝かすの?」


 こいつ、本当に嫉妬の塊だな。


「ベッドが3つだな……」

「私は床で大丈夫です。野営に慣れてますし、屋根があるだけで天国です」


 獣人族はたくましいねー。


「そういうわけにはいかないでしょう。あなたはわたくしのベッドで寝なさい」


 リーシャがララを睨む。

 すると、何かを言おうとしたララが言い淀み、俯いた。


「お前はどこで寝るんだ? マリアと一緒のベッドか?」


 一応、聞いてみる。


「御冗談を。殿下は面白いですねー」


 面白いのはお前の脳内だ。


「…………殿下、あれは見張る気です。泥棒猫というか尻尾を振る犬が殿下のベッドに侵入するのを防ぐ気です」

「…………何となくわかる」

「…………殿下、私は今日は耳を塞いで寝ますのでご安心を」


 リーシャって、王妃になったら国の女を根こそぎ殺しそうだな…………

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る