第061話 椅子に座ればいいのに


 俺は部屋に入ると、ベッドに腰を下ろした。


「この子がララ? ジュリーの方は?」


 俺が一息ついていると、優雅にお茶を飲んでいるリーシャが聞いてくる。


「ジュリーは高値で売れそうだから奴隷市のオークションに出すんだと。どっちみち、金貨1000枚超えは確実らしいから無理だ」

「この子は?」

「金貨30枚」

「あら、お姉さんより高いわね」


 お姉さんはマリアがつけた値段だけどな。

 実際は知らん。


「いくらでもいいが、二度と行きたくないところだったな。絶望感と悲壮感がすごかったわ」


 俺が転職するとしても奴隷商は嫌だな。


「お疲れ様」

「殿下、お茶を淹れましたんでどうぞ」


 お茶を淹れていたマリアが勧めてくる。


「もらうわ。あー、喉が渇いた。ニコラと気まずかったわー」


 俺はテーブルにつきながら愚痴る。


「この子はねー……」


 リーシャがララを見たため、俺も改めて、ララを見てみる。

 ララは貫頭衣一枚で細い手足が貫頭衣から出ている。

 体つきも貧弱というか、まだ育ってない感じで背も低い。


「ないわー」

「あら、マリアだって身長は低いわよ?」

「こいつはマリアよりも低いだろ。それにマリアはこんな貧相ではない」


 もうちょっと大人だ。


「あのー、殿下。この子に説明しました?」

「してない」


 そんなことをする時間も惜しいくらいに早く帰ってきたかった。


「ずっと黙ってるわね?」

「俺が発言の許可を出してないからだろう。あの奴隷の首輪は主人の意に反することをしたら締まるそうだ」

「非人道的ねー」

「奴隷も獣人族も人ではないんだろ。程度の低い国だわ」


 やだやだ。


「奴隷の首輪…………外せる?」

「大した魔道具ではないから余裕。だが、この国ではそれが必須らしい。あと外では鎖」

「完全にペットね」

「実際そうなんだろうよ。しゃべれるペット」


 しかも、性処理もこなせる。


「自分のところのお偉いさんがそんな扱いをされそうになるんだったら救出作戦もするわよね」


 だろうね。


「あのー、そろそろ説明してあげた方が良くないですか? ララさん、完全に混乱してますよ」


 マリアが言うようにララはまるで状況がわかっておらず、オロオロとしている。


「ララ、しゃべっていいぞ。だが、声のトーンは落とせ」


 俺はしゃべる許可を与える。


「…………あの、あなた方は何者ですか? どうして私を買ったんですか?」

「俺達は旅の冒険者だ。お前を買った理由は一言で言えば、頼まれたからだな」

「頼まれた? 私が10歳だから買ったんじゃないんですか?」


 嫌だわー。

 そういうことを面と向かって言われると傷つくわー。


「うん?」

「10歳って?」


 リーシャとマリアが10歳の部分に反応した。


「こいつを選ぶ口実として、俺は10歳前後の子供が好きな変態となった」

「…………お疲れ様」

「…………黒ロリ王子」


 黒ロリ王子は違くないか?

 それだと俺がロリになってるぞ。


「仕方がないだろ…………ララ、俺にそういう趣味はない。お前の仲間のメルヴィンに頼まれたんだ。あと、お前の姉のティーナ」

「お、お姉ちゃん!? お姉ちゃんは無事なんですか――グッ!」


 いきなり叫んだララが首を抑える。


「声のトーンを落とせっての……マリア」

「はい」


 マリアはララにヒールをかけるために近づく。


「すごいわね。本当に主人に逆らったら首が締まるなんて」

「単純な魔道具だが、効果は抜群だ。しかも、獣人族は魔力がないから対抗するすべがない」


 よく考えたものだわ。


「――ゴホッ、ゴホッ! 申し訳ございません、ご主人様……お許しを」


 マリアが回復魔法をかけ終えると、ララは床に這いつくばるように謝罪した。


「何これ? これが本当にティーナの妹? 全然似てないけど」


 ティーナはもっとはっきりものを言うタイプだった。


「多分、売るために教育されたんだろうな。今はきれいだが、奴隷商に店で見た時は折檻の痕があったし」


 何よりも最初に見た時のあのおびえようだ。

 ブルーノが鉄格子を叩き、指示をすると、一瞬で軍隊のように整列した。

 あれは相当、身体に沁みついてないとできない。


「治るの?」

「さあ? まあ、仲間のもとに返してやったらそのうち治るんじゃないか?」


 俺は医者じゃないからわからん。


「さっさと自由になることかしらねー」

「だと思う……ララ、床は汚いから頭を上げろ」

「はい……」


 ララは頭を上げたが、床に正座したままだ。


「まあ、お前がそれでいいならそれでいいけど、話を続けるぞ。えーっと、お前の姉な。ティーナは生きてるぞ。逃げたらしいけど、知ってるか?」

「…………はい。隙をついて逃げたのは知っています」

「それで南にある森で隠れている。どうも他の獣人族を乗せた船が沈没したらしくてな。泳いで逃げてきた仲間と合流している。俺達はお前らの仲間にお前を買ってこいと頼まれたわけだ」

「わ、私をですか? 他の者の方が良いような……」


 それは知らん。


「お前の仲間は他の奴隷となっている人を救う気だ。そのためには奴隷商の店の内部を知っている奴が必要なんだよ。お前を選んだ理由は身内だからじゃないか? 本当はキツネの妹が良かったみたいだけど、ありゃ買えん」

「そうですか…………あ、あの、ご主人様や奥様方は人族なのに何故、私達の救出の手助けをしてくれるんですか?」

「お前らが暴れているうちに船を奪ってこの国を脱出するためだ。俺らはこの国の敵対国家であるエーデルタルトの貴族なんだよ」

「…………ひっ! エーデルタルト!! お許しを!」


 このビビりようは何だよ……

 そんなに評判が悪いのか?

 あ、配偶者がいるからか。


「ララ、お前を買ったのは獣人族に頼まれたからだし、普通に開放するから安心しろ」

「…………そ、そうですか」


 ララはものすごく怯えた目でリーシャやマリアを見る。


「そうそう。まあ、明日になったら森に連れていってやるからそこで姉から話を聞け」

「…………はい」

「そういうわけだから適当にその辺で休んでろ。あ、お茶いるか?」

「…………いえ、私のようなものは泥水で結構です」


 従順もここまでくると、嫌だなー。


「まあ、好きにすればいいけど…………質問はあるか?」

「…………あのー、お貴族様らしいですけど、殿下って……」


 そういや、マリアがそう呼んでるな。


「俺はエーデルタルト王国第一王子、ロイド・ロンズデールだ」

「…………え? いや、なんでこんなところに?」


 それには海より深く、空よりも高い事情があるんだよ。

 …………うん、リーシャが放火した。

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