第036話 不相応


 俺は賊をリーシャとジャックに任せると、マリアを連れて、炎の槍が刺さったまま浮いている小型の飛空艇のもとに向かう。


「ん?」


 俺とマリアが飛空艇に近づくと、一瞬にして炎が消え去った。

 おそらく、乗っている魔術師が魔法で消したのだろう。

 だが、飛空艇はそのまま飛び上がることはなく、着陸した。


「着陸しましたね……」


 マリアがつぶやく。


「このまま飛ぶのは危険と判断したんだろう。他にも飛空艇はあるしな」


 他にもあるのだから傷ついた飛空艇で無理に飛ぶ必要はない。

 もっとも、それをさせないのが俺の役目だ。


 俺は飛空艇の前まで来ると、マリアを後ろに下げ、杖を飛空艇に向ける。

 すると、飛空艇の甲板に人の姿が現れた。


「私の結界魔法を破ったのは貴様か?」


 飛空艇から現れたのは杖を持ち、フードを被ったいかにも怪しい黒ローブの男だ。


「たいした結界ではなかったな」


 嘘。

 結構、すごかった。

 俺、めっちゃ魔力を使って疲れている。


「なに!? 私の自信作だぞ!」


 うん、すごかった。


「ふん。二流魔術師め。所詮は賊の一味だな」

「おのれ! 貴様、何者だ!?」


 どうせ殺すし、名乗ってもいいのだが、少しカマをかけてみよう。


「俺はジェイミー・ウィリアムだ」


 俺は不潔なおっさん魔術師の名を名乗った。


「え? …………私はルイーズ・ウィリアムです!」


 マリアも便乗し、領主の名を名乗る。


「嘘つけ! ジェイミーは50歳を超えたじいさんと聞いているし、ルイーズはお前みたいなチンチクリンじゃないわ!」


 すぐに引っかかったな……

 雰囲気的にも貴族ではないのか……


 俺はこいつを貴族と予想していた。

 というのも、魔術師というのは金がかかる。

 それをリリスの町の魔法屋に行ってみて気が付いた。

 だから魔術を学ぶのは貴族が多いだろうと踏んだのだ。

 事実、ジェイミーは貴族だった。

 しかし、こいつは貴族っぽくない。


「ジェイミーはともかく、ルイーズは知っているようだな? 知り合いか?」

「チッ! 釣られたか……貴様、貴族だな?」

「見る目もないな。俺は貴族ではない」

「嘘つけ。こういう姑息なことをするのは貴族だ」


 俺を貴族呼ばわりとは……

 まあ、廃嫡され、ミールの領主になったわけだからあながち間違っているわけではない。


「貴族が嫌いか? その辺が賊に組する理由だろうな」


 こいつほどの魔術師が賊の仲間になるメリットはない。

 上級魔法を使えるなら良い職に就けるだろうし、金に困るとは思えない。

 あの変人のジェイミーですら金を持っていた。


「黙れ! どこ貴族かは知らんが、死んでもらうぞ!」


 賊が杖を俺達に向けた。


「殿下、お気を付けて」


 後ろからマリアの心配そうな声が聞こえてくる。


「わかってる。お前の声は落ち着くな」


 さすがは庶民から人気の聖女様。

 癒しの効果がある。


「えへへ。そうですか?」

「――イチャつくな! アイスエッジ!!」


 別にイチャついてはいないのだが、何故か怒った賊は魔法を放ってきた。

 アイスエッジは氷の刃を飛ばす魔法であり、殺傷能力が非常に高いが……


「ファイアウォール」


 俺が魔法を唱えると、俺の目の前に炎が燃え上がり、壁を作る。

 すると、氷の刃が炎を壁に当たり、溶けてなくなった。


「チッ! 先程の魔法といい、火魔法が得意のようだな」


 別にそんなことはない。

 あえて、そうしているだけだ。


「お前は氷魔法かな?」


 俺がそう聞くと、賊がニヤリと笑った。


 わかりやすい……

 次は風か雷か……


「ウィンド!」

「ディスペル」


 俺は賊が魔法を使った瞬間にキャンセルの魔法を使う。


「クソ! ディスペル……面倒な魔法を……!」


 ウィンドか……初級魔法だ。

 これでこいつの能力がわかった。

 普通の魔術師はそこまでの数の攻撃魔法を用意しない。

 種類としては2種類程度だ。

 こいつはメインが氷魔法で予備が風魔法だろう。

 それは使った魔法のレベルでわかる。


「ふむ。こんなものか……」


 こいつ、魔力は高いし、魔術の腕もすごいが、戦闘タイプの魔術師じゃないな……

 まあ、所詮は空賊か。


「強がりを!」

「ふっ…………死ね。フレア!」


 俺は杖を掲げ、火魔法の上級魔法を放つ。

 すると、火の塊が賊ではなく、賊が乗っている飛空艇に向かって飛んでいった。


「――な! クソッ!」


 賊は俺の意図を察し、船から飛び降りる。

 直後、俺のフレアが船に直撃し、火柱が起きるほど燃え上がった。


 俺は地面にゴロゴロと転がっている魔術師らしく運動神経皆無そうな賊に近づく。

 船から地面に着地し、なんとか身を起こした賊は何を思ったか、戦闘中にもかかわらず、燃え上がった火柱の方を見始めた。


「所詮は空賊だな」


 俺は敵から目を逸らしたバカに杖を向ける。


「――くっ」

「動くな」


 俺は慌てて杖を拾おうとした賊を止める。


「うーん、ルイーズと敵対する貴族かと思ったが違うなー……」


 魔術師が関わっていると知った時、俺はそう思った。

 ルイーズを排除するためにこういう奸計を仕掛けたのかと思ったが、こいつは貴族ではないし、貴族が雇うにしてはシロウトすぎる。


「うるさい! 私は貴族が大っ嫌いなんだよ!」

「恨みの犯行の方か……ルイーズに何かされたな?」


 ルイーズの知り合いっぽいし、ルイーズに雇われた魔術師が不当に解雇された感じか?


「黙れ! あの売女のことを話すな!」


 売女?

 え? いや、貴族だぞ?


「何を言っているんだ、お前は?」

「うるさい! うるさい! これで勝ったと思うな! 奥の手というのは取っておくものだ!! エアリアル!!」


 賊は杖もなく、しかも、無詠唱で魔法を使う。

 すると、賊の周辺に竜巻のような風が舞った。


 俺をすぐにバックステップで躱したのだが、賊の近くにいすぎたため、腕を切ってしまった。


「殿下!」


 俺の腕から血が飛び出ると、マリアが叫ぶ。


「ははっ! ざまあみろ――って、殿下?」

「気にするな。どっちみち、お前は死刑だ」


 俺に傷付けたことなんか今さらどうでもいい。

 それよりも墜落…………不時着させられた方が罪は重い。


「え?」

「同じ魔術師として、この程度が奥の手なのが情けないな。奥の手とは一撃必殺でなくてはならない」


 敵の腕を切っただけで高笑いはない。

 しかも、こいつ、杖も使わずに無詠唱で魔法を使ったから魔力が尽きている。

 その程度だ。

 所詮はこいつも戦闘に特化した魔術師ではない。


「エアリアルはこう使うものだ」


 俺は魔法が使えなくなった雑魚に過剰な魔法を使った。

 すると、賊の周りに風が舞い始める。


「な!? そんな、お前は火魔法を――」

「残念。俺はすべての属性の魔法を使える」


 だって、俺、ロクに勉強も剣術の練習もせずに魔術の研究ばっかりしてたもん。

 まあ、だから廃嫡になったんだけど……


「ひ、や、やめ――ギャーー!!」


 俺が放ったエアリアルは賊のエアリアルよりも大きくなり、賊を切り刻んでいく。

 そして、風が止むと、ボロボロになった賊がその場に倒れた。


「エアリアルは殺傷能力が低い魔法だから使って即逃げる時に使うものだぞ」


 エアリアルは範囲は広いが、細かく刻むだけだ。


「ぐっ! まさかここまでの魔術師とは……」

「お前が弱いんだ。大人しく研究ばかりをしていればいいものを……軟弱者がエーデルタルトの男に勝てるわけないだろ」


 エーデルタルトの男は強さこそが絶対である。

 だから陛下の言うことも間違っていなかった。

 問題は俺の魔術が弟の剣術に劣っていないことを理解してくれなかったことだ。


「エーデルタルト…………武の国か……なんでこんなところに…………え? 殿下?」

「死にゆくものは気にしなくていい。そんなことより、売女ってどういう意味だ?」


 俺はそっちが気になる。


「はっ! そのまんまだ。私はあいつに雇われた魔術師だったが、それと同時に恋仲だった。だが、別の貴族との婚約が決まったとたんにクビになり、捨てられた」


 うーん、微妙……

 そら、領主という立場なら平民より貴族を取るから捨てるだろって思うし、エーデルタルト出身者としては一度ちぎった相手と添い遂げろよとも思う。

 でも、国も風習も違うからなー。


「それでこれか? ルイーズを困らせようと?」

「そうだ。貴族に逆らえば死だが、こういう風に復讐もできる」


 しょうもな。


「死にゆくお前に良いことを教えてやろう。貴族の婚姻は自分の意志ではどうにもならん。親や地位などの色んなしがらみによって決まる。そして、貴族は自分の不利になることを徹底的に排除するものだ。伯爵の地位ならより一層注意するだろう。それなのに婚姻時の決定的な汚点であるお前はクビになっただけで生きている。これはルイーズの恩情だ。愛した男に生きてほしいという情けだ。それに対するお前の答えがこれか?」

「そ、そんなことは知らん! 何も聞いていない!」


 だろうな。

 理解していたらこんなことはしない。


「言うわけないだろう。言えばお前はどうした? 一緒に逃げようとでも言うか? それとも素直に諦めるか? 伯爵のルイーズが一緒に逃げるわけないし、簡単に諦められたらそれはそれで傷付く。どの選択を取ってもルーイズには辛いし、お前にも辛い。少し考えればわかるだろう」

「そんなことは……」


 そんなことあるんだよ。

 これだから感情で動く庶民はダメだ。


「ルイーズの選択は嫌われてもいいからお前に別の道で幸せになってほしい、だ。それすらわからんか……まあ、不相応な恋だったな。来世では自分の身の丈にあった恋をしろ…………では、さようならだ。俺達に不敬を働いた大罪人君」


 俺は倒れて動けなくなっている賊に火魔法を放つ。


「ま、待ってく――がっ!!」


 賊が何かを言おうとしたようだが、そんなものを聞く理由もない。


「何を言おうが、もう遅いわ」


 こんな事件を起こした時点で縛り首だし、俺達を襲った時点でこうなる。

 バカな男だわ。

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