第035話 炎


 俺達が行きついた先は木材でできた小屋が立ち並ぶ広場だった。

 灯りはなく、空賊達も寝静まっていると思われる。


「……まずは飛空艇を探すぞ」


 ジャックがそう言って、歩いていったので俺達も続く。

 ジャックは普通に歩いているが、夜に気配を消す魔法を使っていれば、まず気付かれることはない。


 俺が周囲の小屋なんかを観察しながら歩いていると、とある小屋の裏から布切れがはみ出しているのを見つけた。


「見るな。嬢ちゃん達も絶対に見るな」


 ジャックに止められたが、俺はすでに見てしまった。


「何?」

「何ですか?」


 リーシャとマリアはジャックに素直に従ったが、俺に聞いてくる。


「積み荷を処分した後だよ。お前らが見ていいものじゃない」


 俺は誤魔化すように言う。


 俺の目には細い足首も見えていたのだ。

 あれは積み荷と一緒に奪った女の死体だろう。

 遊んで死んだから捨てた。

 賊がやりそうなことだ。


「……そう」

「………………」


 リーシャとマリアも察したようだ。

 まあ、こういうのに敏感な女はすぐに察するだろう。


「感情的になるなよ」


 ジャックは2人に言う。


「ならないわよ。殿下の船を攻撃した時点で極刑だもの。わたくしのやることは変わらない」


 冷徹の女は何も変わらない。


「で、ですぅー……」


 マリアが俺の服を掴んできた。


「あんなことにはならないから安心しろ」

「はい」


 俺達はさらに進んでいき、飛空艇を探す。

 すると、小屋を抜けた先の広場に複数の飛空艇を見つけた。

 飛空艇は小型が8隻、中型が5隻もある。


「多くないか?」


 さすがに空賊の分際で持ちすぎだ。


「そうだな。それになんで領主が発見できないんだ? この広場は相当広いぞ」


 ジャックはそう言って、上空を見上げる。

 空は怪しく光る月と満点の星空が広がっていた。

 どう考えても飛空艇で巡回していれば発見できる。


「んー? 魔術だなー……」


 俺は空を見上げながらつぶやく。


「魔術? 何も感じないが……」


 本職じゃないジャックは気付かないらしい。


「これは迷彩の魔法だな。多分、上から見たら森にしか見えないと思う。この広さを考えると、上級魔法だな」

「上級魔法……? 賊程度が?」


 確かにこれだけの魔法が使える魔術師が空賊になるか?

 他にいくらでも道はあるだろうに。


「間違いないだろう。そういうマジックアイテムがあるなら知らんが」

「俺も聞いたことがないな。魔術師がいるという前提で動こう」

「俺に任せな。エーデルタルト一の魔術師の力を見せてやるぜ」

「まあ、頼むわ。魔術師はめんどくさい」


 ジャックが頷いた。


「それで火をつけないといけないがどうする? 飛空艇か? その辺の小屋か?」

「ん? 両方につけろよ」

「いや、まずはこの迷彩魔法をどうにかしないといけない。その後に両方に火をつけるはきつい。できないこともないが、敵に魔術師がいると考えるとな……」


 少なくとも上級魔法を使えるわけだし、雑魚ではないだろう。


「うーん、じゃあ、小屋にしてくれ。どうせ、そこが寝床だろ」

「わかった。打ち漏らした敵は任せるぞ」

「ああ。専門ではないが、空賊程度ならなんとかなる」


 というか、夜襲だし、逃げる敵を追撃するだけだ。

 むしろ、ジャックはそういうのが得意そうな気もする。


「マリア、絶対に俺のそばから離れるなよ」

「はい。絶対に離れません!」


 戦闘能力のないマリアが一番危ないわ。


「私には何かないわけ?」


 戦闘狂のリーシャが嫉妬のこもった目で見てきた。

 なお、何かを察したマリアが俺から距離を取り、リーシャの後ろに回る。


「たかが賊相手に何を心配することがある?」


 俺がそう言うと、リーシャの後ろに回ったマリアが両腕でバツ印を作った。


「ハァ……こっちこい」


 俺がそう言うと、リーシャが俺のそばにやってきて、見上げてくる。

 月明りを浴びるリーシャの顔は本当に美しい。


「…………お前、本当に顔は100点だな」


 まさしく、絶世。


「今さらでしょ」


 リーシャの目には一点の曇りもない。

 こいつは昔からそうだった。

 自分の美貌を理解し、武器にする。

 そして、絶対に迷わない。


「何か言おうと思ったが、言う必要はないな。俺はお前を信じている。お前も俺を信じてついてくればいい」


 俺はそう言いながらリーシャの頬を触る。


「はい……」


 リーシャが触っている俺の手に自分の手を重ねた。

 なお、ジャックとマリアは星空を見ている。


「さっさと次の町に行こうぜ」

「そうね」


 リーシャは普通に答えて、距離を取った。


「なあ、やっぱり本に書いていいか?」


 ジャックがニヤニヤしながら聞いてくる。


「敵陣のど真ん中でイチャつくバカ貴族か?」

「脚色していいなら感動的な感じにしてやる」


 それ、俺ら、死んでね?


「こんなつまらん仕事は書くな…………やるぞ」


 俺は上空にある迷彩された結界を見上げる。


「頼むぜ」


 俺は上空に向けて、杖をかざした。


「ディスペル!」


 俺が解除の魔法を唱えると、上空に感じる魔力が薄れていくのがわかる。

 それと同時に飛空艇の方向から微弱な魔力を察知した。

 魔術師は飛空艇の方にいたのだ。


「チッ! あっちかよ……」

 思わず舌打ちが出たが、今さら作戦は変えられない。

 俺は小屋が密集している方を見ると、杖を掲げ、魔力を込める。


「フレイムレイン!」


 俺が呪文を唱えると、炎の槍が密集した小屋に向かってまっすぐ進んでいく。

 そして、とある小屋に当たる前に上空に上がると、炎の槍が複数に別れ、雨のように密集した小屋に降り注いだ。

 すると、炎の槍が突き刺さった多くの小屋が燃え上がり、辺り一面が一瞬にして火の海に変わる。


「なんて恐ろしい魔法を放つんだお前は…………対軍魔法じゃねーか」


 ジャックが呆れたようにつぶやく。


「エーデルタルト一の魔術師と言っただろう。帰ったら領主に伝えろ。追手を出せばこうなるとな」


 念のための保険で俺達を殺そうと思えばこうなる。

 大人しく、忘れろ。

 二流とはいえ、貴族ならメリット、デメリットの計算もできるだろ。


「こえー、こえー…………ん? お漏らしが出てきたな」


 ジャックが言うように燃え上がった小屋から生き残りの賊が脱出し始めていた。


「よし、やるぜ……って、早っ……」


 ジャックが鉈を構えると、リーシャが剣を抜いて、突っ込んでいた。


「ジャック、リーシャを頼む」


 俺はこの場をリーシャとジャックに任せると、後ろを振り向く。

 後ろには飛空艇しかないが、間違いなく、魔術師がいるだろう。


「そっちにいるのか?」


 ジャックが聞いてくる。


「ああ、わずかだが、魔力を感じる…………ん? チッ!」


 俺は飛空艇を眺めていたが、とある小型の飛空艇から大きな魔力を感じた。


「逃がすか! フレイムジャベリン!!」


 俺は魔力を感じた小型の飛空艇に向けて炎の槍を投げる。

 すると、浮き上がり始めた小型艇に炎の槍が突き刺さった。


「マリア、来い!」

「はい!」


 俺はマリアを連れて、炎の槍が突き刺さっている飛空艇のもとに急いだ。

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