第037話 郷に入っては郷に従え


 バカな男は俺の火魔法で燃え尽きた。


「殿下ー!」


 俺が炭となった物体を見下ろしていると、マリアが駆け寄ってくる。


「俺の素晴らしい魔法を見たか?」

「さすがですー……って、違います! 腕を見せて下さい! すぐにヒールを!」


 マリアが涙目で俺の服を掴んだ。


「うろたえなくてもいい。たいした傷ではない」


 風魔法は切れ味鋭いが、切れ味が鋭すぎるため、すぐに治る。

 やるなら切断までもっていかないといけない。


「たいしたことです! 殿下の身に傷がつくことなどありえません!」

「剣術の訓練をしてたらしょっちゅうだよ。ほれ、治せ、ヒーラー」


 俺は傷ついた腕をマリアに差し出す。


「あわわ。殿下の腕がー……あ、ヒール」


 マリアは俺の傷を見て、慌てたが、すぐにヒールをかけてくれる。

 すると、俺の腕の傷があっという間にふさがっていった。


「さすがは癒し系。素晴らしいな。聖女と呼ばれているのも頷ける」

「えー、そうですかー?」


 マリアは嬉しそうにはにかむ。

 ほら、絶対にそんなことないですよーって言わない。


「マリア、この男の言っていたことを聞いてどう思った?」

「どっちも最低です。賊の男はウィリアム伯を信じるべきですし、ウィリアム伯は賊の男と添い遂げるべきです」


 これがエーデルタルトの貴族令嬢の意見。

 まあ、俺もそう思う。


「他国は良いところもあれば、悪いところもあるな」


 良いところは魔術師が評価されているところ。

 悪いところはこんな感じで男女間の価値観が性に合わない。


「まあ、だから他国なんでしょうね」

「だな。ましてや敵国」


 合わなくて当たり前。


「ですね。こんな国はさっさと出ましょう」

「ああ……さて、あっちはどうなったかね?」

「行きましょう。リーシャ様なら大丈夫だとは思いますが、心配です」


 俺達は小屋の方に戻ることにした。


 小屋の方に戻ると、まだ小屋が燃え続けている。

 ただ、リーシャとジャックが暇そうに待っていた。


「終わったか?」


 俺はリーシャに近づき、確認する。


「ええ。実に歯ごたえのない賊だったわ」

「まあ、空賊だしな。皆殺しか?」

「いえ、数人は村の方に逃げていったわ」

「ふーん…………追わなくていいのか?」


 俺はジャックを見る。


「追わなくていい。村に逃げてもどうしようもない。すでに村は領主の軍が村を包囲しているだろうからな」


 まあ、そうだろうね。

 領主としてもハピ村を放置できない。

 賊に襲われたとか適当な理由をつけて夜襲により、処分。


「逃げた賊を追って村に行くと、巻き込まれるか……」

「だな。だから追撃はやめた。そっちはどうだった?」


 ジャックが逆に聞いてくる。


「たいした相手ではなかった」

「そうか…………」


 ジャックはそれだけ言って何も聞いてこなかった。


「仕事は終わりで良いだろ?」

「そうだな。こんなところからはさっさとおさらばしよう。あとは領主の仕事だ」

「村には行かない方は良いし、森か?」


 来た道を行けないし、森の中を通るしかない。


「そうなる。ついてこい」


 ジャックがそう言って、森に入っていったので俺達も続く。

 今回もジャックが先頭となり、鉈で枝や草を切り払ってくれたため、楽に森を進むことができた。

 そして、村を迂回するためにかなりの距離を歩く。

 時折、休憩をはさんだり、ゴブリンや狼などのモンスターを倒しながら進んでいくと、かなりの時間をかけて森を出た。


 森を出た時にはうっすらとだが、明るくなり始めていた。


「ああ……めっちゃ時間がかかったな。迂回しすぎだろ」

「しゃーないだろ。軍がいるんだからよ。見つかったら問答無用で攻撃されるに決まっている」


 まあ、そうだろうな。

 領主も打ち漏らしは絶対に避けたいから徹底的に一掃するように命じているだろう。


「疲れたわ。お前が言うように寝れんかった」


 昨日は早めに寝て良かった。


「ちっちゃい嬢ちゃんにヒールをかけてもらえ」


 言われなくてもそうしてもらうわ。


 俺達はマリアにヒールをかけてもらうと、再び歩き出した。

 疲れているし、眠いが、マリアのヒールのおかげと楽な平原を歩くだけなのでそこまで苦労もせずに歩けていた。


「お前は領主に報告か?」

「そうなる。俺は前払いじゃないし、もらうもんはもらわないとな。お前さん達はリリスには寄らないのか?」

「寄らない。絶対にロクなことにならんし」


 間違いないだろう。


「賊の魔術師は領主の恋人だったか?」


 さて、これはジャックの予想か、ルイーズの予想か……


「違うと言っておこう。恋人の復讐なんかごめんだ。あの二流は絶対にやる」


 これを報告したら絶対に刺客を送ってくる。


「そうか……バカな男だねー」

「そうでもない。愛おしければ愛おしいほど、信頼していれば信頼しているほど、裏切られた時に憎悪に変わる」


 人はそういうものだ。


「お前さん達もか?」

「ありえないことを聞くな」

「そうよ。離縁は死ぬ以外にありえないわ」


 リーシャがはっきりと言う。

 これは俺が離縁を申し込んだら俺を殺して自害するという意味だ。


「怖いねー……」

「ウチの国はこれが普通だ」


 貴族だけだけどね。


「ホント、色んな国があるわ。まあ、だから旅は面白いんだがな」

「他にも変わった風習がある国があるのか?」


 実を言うと、自分でもエーデルタルトは変わっているなと思っている。

 だって、重すぎだもん。

 もっと楽に女を抱きたいわ。


「あるぞ。とある部族はお前さん達とは逆だ。たくさんの子孫を残すために男女共に色んな人間とヤる」

「それはそれですごいな…………」


 マジで考え方が理解できない。


「気持ち悪い……」

「ありえないです……」


 リーシャとマリアが嫌悪感をあらわにする。


「多分、その部族の女からすると、お前らが効率の悪いバカに見えるんだろうよ」

「絶対に友達になれないわね」

「仲良くなれるビジョンが浮かびません」

「くっくっく。だろうな……まあ、お前さん達はお前さん達の生き方をすればいい。でも、違う考え方の奴を極力、否定はするな。それが旅のやり方だ」


 そうかもしれない。

 他国には他国の風習があり、考え方がある。

 それを安易に否定するのはトラブルのもとだ。


「留意しよう」

「そうしな」


 俺達はジャックからまたもや学んだのだった。

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