第003話 黒王子、下水令嬢、ぶどう令嬢


 馬車から降りてきた少女は俺とリーシャを見ると、目を見開き、口をポカンと開けている。

 この少女はマリア・フランドルと言って、俺とリーシャが通っていた貴族学校の同級生である。

 もっとも、マリアは男爵令嬢であり、俺やリーシャと比べて、身分はかなり低い。

 だが、マリアは回復魔法を得意としており、その実力はあらゆる貴族が揃う学校内でもトップクラスだった。

 だからマリアは卒業後、学校の推薦で教会に入り、シスターとなったのだ。


 マリアはその実力を高く評価されており、この国では結構有名になっている。

 一部の庶民は聖女と呼んでいるくらいだ。


「久しぶりだな」

「久しぶりね、マリア」


 俺とリーシャはいまだに呆けているマリアに声をかけた。


「あわわ……御二人は何をしてらっしゃるんですか!? このようなところにいて良いはずがないでしょう!」


 当たり前だが、王子や公爵令嬢が外に出ることなんてめったにない。

 ましてや、護衛なしはありえない。


「ちょっとな。お前、王都にいたのか?」


 俺はマリアが王都の放火事件を知っているのかが気になった。


「あ、いえ。昼前に王都に着いたんですけど、何故か入れなかったんです」


 俺らのせいだな。


「何かあったの?」


 リーシャが白々しい顔で聞く。


「それがよくわからないんです。教会の……ましてや、貧乏男爵の家とはいえ、貴族である私の馬車が入れないのはちょっと変なんですが……」


 貴族は絶対だ。

 それはマリアの言う貧乏男爵でも変わらない。


「なるほどね」


 リーシャは頷くと、俺に目配せをする。


「いや、そんなことよりもリーシャ様も殿下も何故にこんなところにいるのです!? というか、御二人がここにいるのと王都に入れないのは関係しているのでは?」


 勘がいいな。


「実はな…………いや、その前にさっきも言ったが、馬車に乗せてくれないか?」


 追手のこともあるし、動きながらの方が良い。


「妻が足を痛めたの」


 リーシャがそう言いながら嬉しそうに手を頬に当てる。


「あ、そうですね。どうぞ、お乗りください」


 俺達はマリアに勧められるがまま、馬車に乗り込んだ。


「狭い所で申し訳ありません」


 馬車の中は確かに狭かった。

 しかも、椅子もなく、荷物を運ぶためのショボい馬車だ。


「お前、本当に貧乏だな」

「もうちょっと良い馬車を買いなさいよ」


 俺とリーシャは馬車の中で文句を言う。

 とてもではないが、貴族が乗る馬車ではない。


「いやー、途中まではちゃんとした馬車だったんですけどね。道中で車輪が壊れちゃいまして…………それで急遽、教会に寄って、違う馬車を借りたんです」


 教会ももうちょっと良い馬車を貸してやれよな。

 マリアだって貴族だぞ。


「急ぎなのか?」


 普通は修理を待つだろ。


「はい。実は私、教国に修行に行くことになりましてね。それでゲルクの町の飛空艇で教国に行くんです」


 教国……

 教会の総本山じゃん。


「あなた、すごいわね。エリート中のエリートじゃないの」

「えへへ。そうですか?」


 マリアが照れたように笑う。


「ぶどう令嬢が出世したなー」

「ホントよね」

「それ、道中で会った同級生達にも言われましたね」

 

 ぶどう令嬢というのは単純にこいつの領地の名産がぶどうだからだ。

 よく、ワインをおみやげに配っていたため、そういうあだ名がついた。


「頑張れよ。それで俺らがここにいる理由だったな……」


 俺は本題に入ることにした。


「あ、そうです。こんなところで護衛もつけずに何をしてるんですか?」


 マリアが聞いてくると、リーシャが俺を見る。

 俺に任せるということだ。


「お前は王都に寄っていないらしいから知らんかもしれんが、実は昨日、俺が廃嫡になってな…………」


 俺は正直に言うことにした。


「え!? 何故です!? 怪しい黒魔術の研究がバレましたか?」


 怪しい黒魔術の研究って何だよ……

 何もしてねーわ。


「ほら、陛下って魔術嫌いで剣術大好きだろ? それで弟が王太子になった」

「あー……なるほどー。とはいえ、そんな理由では殿下の御実家が黙っていないのでは?」


 普通はそうなる。

 下手をすると、内乱だ。


「と言っても、ウォルターは遠いだろ」


 ウォルターは国を何個か挟んだ遠方の国だ。

 文句を言ってきても最悪は無視でいい。


「うーん、イアン様の実家が動いたんですかねー?」


 イアンの母方の実家はこの国で力を持った貴族だ。

 その圧力もあったと思う。


「かもな。まあ、そういうわけで俺は廃嫡になり、ミールの領主に任じられた。お前の実家よりもひどい」

「ミール…………確かにウチより田舎ですねー…………え? でも、ミールって北では? 方向が違いますよ?」


 さて、嘘をつくか……


「実は俺が廃嫡となったと同時に俺とリーシャの婚約もなくなったわけだ」

「そうなんです? リーシャ様もミールについていくのでは? 貴族の女子は一度決めた相手と添い遂げるものでしょう?」


 この国はそういう風習だ。


「ところがだ、なんとウチの弟はリーシャのことが好きだったらしい」


 イアン、すまん。

 でも、俺から王位を奪ったから仕方がないよね。


「そ、そうなんですか!?」


 色恋が好きな女子が食いついた。


「そうなんだ。ほら、リーシャって見た目が良いだろ?」


 見た目だけね。

 絶世の美貌と下水の性格と評判。


「た、確かに!」


 マリアがうんうんと頷くと、リーシャが上機嫌に髪を手で払う。


「しかしだ。お前が言った通り、貴族の女子は一度決めた相手と添い遂げる。そして、俺も子供の頃から一緒だったリーシャと添い遂げたい」

「おー! 殿下、かっこいい!! さすがです!」


 だろ?


「だから逃げてきた」

「え? つまり、愛の逃避行もとい、駆け落ちですか!? 物語みたいにぃ!?」

「そう。物語みたいに」


 なお、俺はそんな色恋の物語は知らない。

 興味ないもん。


「ひえー、そんなことがー……ロマンチックですねー。学生時代の御二人からは想像ができません。怪しい黒魔術師と下水令嬢なのに……」


 おい!


「人は変わるんだよ」

「なるほどー。しかし、駆け落ちってどうするんです?」

「それだよ。俺達も飛空艇に乗るつもりだ」

「あ、だからゲルクの町なんですね」


 マリアが納得する。


「そうそう。だからこのまま乗せてくれ」

「わ、わかりました! 殿下のご命令とあらば、このマリア・フランドルが力を貸しましょう! 御二人の愛に永遠あれ!」


 うんうん。

 こいつは相変わらず、田舎者らしく、人を疑うことを知らないな。


 リーシャを見ろ。

 めっちゃ悪そうに微笑んでいるだろ。

 さすがは下水令嬢。

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