第002話 逃亡


 俺は太陽が照り付ける中、舗装もされていない道を歩いている。


「暑い……足が痛い……」


 俺の横を歩くドレス姿の女がぼやいた。


「俺も暑いわ…………足は我慢しろ。だから南に逃げようって言っただろうに」


 南は舗装もされているし、まだ歩きやすい。


「南はダメよ。だって、追手が来るもの」


 王都の南には大きな町がある。

 逆に俺達が逃げている東には小さな町しかない。


「東も追手が来るだろ」

「東なら来ても少数よ。むしろ、それが狙い。少数なら勝てるわ。それで馬や物資を奪える」


 たくましいねー……


 王宮を放火した俺達はその場から逃げ出し、王都を出た。

 だって、あれだけの火だったら間違いなく反逆罪になる。

 上手くいっても、どっかに幽閉。

 最悪はこの世からお別れすることになる。


「最初から馬を奪うべきだったか?」

「そんな余裕はなかったわよ。それにあの状況で馬を奪えば、すぐに追手が来る」


 馬を奪わずにこっそり逃げだしたから王宮もまだ調査や原因を探っている段階か……

 追手はその後かな。


「それにしても、もうちょっと道を整備すればいいのにな……」


 さすがに道が悪すぎる。

 石造りの舗装をしろとは言わないが、凸凹くらいはなくしてほしい。


「本当ね。これが王都からすぐの道とは思えない。陛下はサボってるわ」


 なお、リーシャがお嬢様しゃべりでないのはこれがこいつの素だからだ。

 というよりも、他の王侯貴族も普通の時は普通にしゃべる。


「これからどうすんだ? この先にあるゲルクの町に行ってもその先はミラルダ山脈だぞ」


 王都から東にあるのはゲルクという小さい町だ。

 そして、そこが行き止まりである。

 何故なら、その先は険しい山脈があり、とてもではないが、王子と公爵令嬢が登れるような山ではない。


「わかってるわ。ゲルクで飛空艇に乗りましょう」


 飛空艇は空飛ぶ船であり、確かにミラルダ山脈も超えられる。


「他国に逃げるのか?」

「他にないでしょ。この国に逃げ場所はないわ。ほとぼりが冷めるまで他国に逃げましょう」


 マジかよ……

 でも、まあ、それくらいしかないか。


「わかった。だったら水の国ウォルターを目指そう」

「あなたの母方の実家ね」


 俺の母親はすでに鬼籍だが、元はウォルターの王家から嫁いできた人だった。

 俺自身もあそこの王である伯父とは面識があるし、かくまってくれることくらいはしてくれるだろう。


「そうだ。問題は飛空艇にどうやって乗るかだ」


 着の身着のままで逃げてきたし、金はない。

 そうなると、方法は…………


「ハイジャックね!」


 気が合うなー……


「それしかない」

「あなた、飛空艇の操縦はできる?」

「余裕だ。あれはそんなに難しいものじゃない」


 飛空艇は魔力を使って動かすものだが、操縦自体は簡単だ。

 ただ、普通は何人もの魔術師を使って動かすものだから俺一人だとめちゃくちゃ疲れる。

 とはいえ、縛り首やギロチンよりかはマシである。


「ハァ……王妃から逃亡者かー……」


 リーシャがため息をつく。


「嫌なら王都に戻れ。俺のせいにしていいぞ」


 今ならまだ、俺が放火し、リーシャは俺を捕まえるために追ったが、逃げられましたで終わる。


「嫌です。わたくしはどんな人生だろうが、あなたと人生を共にします…………ハァ」


 だったらため息をつくな!

 失敗したなーって顔をするな!

 絶対に選ぶ相手を間違ったと思っているだろ!


「そう思うなら黙って歩け。愚痴ばっかり言いやがって」

「あなた、魔術師でしょ。空を飛べない? 空飛ぶじゅうたんを出してよ」


 じゅうたんなんか持ってるわけないだろ。


「空を飛べないこともないが、俺一人だな。お前は重い」

「重いっ!? 妻になんてことを!?」


 妻じゃねーし。

 まだ婚約者だろ。

 いや、どっちみちダメか……


「そういう意味じゃない。俺一人ならたいした魔力を使わんが、他の人を浮かせるにはめちゃくちゃ魔力を食うんだ」


 杖とかそういう補助道具があればできるが、今は何も持ってない。


「ふーん、そんなものですか…………ところで、殿下。貧弱な魔術師風情の殿下が文句を言わずに歩いてますね」


 リーシャがお嬢様しゃべりになった。


「まあな」

「俺一人ならたいした魔力を使わんとおっしゃっていましたが、もしや、妻である私に歩かせて、殿下は微妙に浮いているのでは?」


 リーシャがチラッと俺の足元を見る。


「そら、そうだろ。俺は王子様だぞ」


 こんな道を歩けるか。


「……………………」


 リーシャが無言で俺の肩を掴む。

 そして、地面に押しつけてきた。


「何をする!?」


 痛いわ、ボケ!


「沈めー! 地に這いつくばれー! 一緒に苦労しろ!!」

「やめろっちゅーに! 不敬であるぞ!」

「うるさいですの! 反逆者のくせに!」


 お前もだろ!


「離せっての――ん?」


 俺がリーシャの手を払おうとすると、遥か後ろに小さな黒い物が見えた。


「どうしたの?」


 リーシャが聞いてくる。


「あそこを見ろ。なんか来ているぞ」


 俺は来た道の先にある黒い物を指差した。


「追手?」

「早くないか? ちょっと待ってろ」


 俺は目に魔力を込め、視力が上げた。

 これは遠見の魔法であり、遠くを見通すことができる魔法だ。


「あれは……馬車だな」


 御者が見えており、間違いなく馬車だ。


「馬車? では、追手ではないわね」


 追手なら騎兵だろう。

 馬車はない。


「だろうな……」

「ロイド、剣を貸りるわよ」


 リーシャはそう言うと、勝手に俺の腰から剣を抜いた。

 こいつは王都を脱出する際に目立つから剣を捨ててきたのだ。


「御者は殺すなよ」


 俺はリーシャが何をするかをわかっているので、当然のように言う。


「わかってるわよ。ついでに金目の物を奪ってゲルクで旅の準備をしたいわ。馬車は商人のもの?」

「んー? いや、待った。徴発はなしだ」


 俺は遠見の魔法で馬車を再度見ると、馬車の上部に十字架の紋章があることに気が付いたのでリーシャを止める。


「ん? なんで?」

「ありゃ、教会の馬車だ。さすがに教会までは敵に回せない」


 ただでさえ、追われているのに教会まで敵に回せば、世界中にある教会の騎士団から狙われてしまうことになる。


「教会かー…………さすがになしね。じゃあ、普通に交渉しましょう」

「お前、金は?」


 持っているようには見えないが……


「あるわけないでしょ。自分の剣も何もかも置いて逃げてきたのよ? というか、お金を取られるの? 教会って困っている人を救ってくれるんじゃないの?」

「どうせ賄賂まみれだろ」

「偏見ねー…………私もそう思うけど」

「リーシャ、剣を返せ。ここは俺に任せろ」

「わかった」


 リーシャは頷くと、持っていた剣を俺の腰にある鞘に納める。

 どうでもいいが、人に剣を納められるのって、ちょっと怖い。


 俺達は道の端に避けると、馬車が来るのをその場で待つことにした。

 しばらく待っていると、馬車が俺達に近づいてくる。

 そして、俺達の前で止まった。


「荷台から失礼。格好からお貴族様のように思えますが、こんな所でいかがなされたのです?」


 御者が俺達を見下ろしながら聞いてくる。

 不敬だが、俺達が賊の可能性もあるので降りられないのだ。


「うむ。我らは貴族である。すまんが、ゲルクの町まで乗せてくれんか? 妻が足を痛めたのだ」


 嘘は言っていない。


「なるほど…………しばらくお待ちください」


 御者はそう言うと、後ろを振り向き、馬車の小窓を開けた。


「マリア様、聞いていましたか?」


 ん? マリア?


「…………ええ、しかし、貴族がこのような場所を歩くとは……」


 しかも、この声は…………


「マリア? 私よ、私。リーシャ・スミュール様よ」


 リーシャも気付いたらしく、馬車に声をかけた。

 どうでもいいが、自分で様を付けるかね?


「え!?」


 馬車から驚いたような声がすると、馬車からガサゴソと音がし、馬車の後ろから修道服を着た黒髪の少女が降りてきた。

 少女は小柄であり、身長も高くない。

 リーシャとは頭一つ分、俺とは二つ分くらい低い。


「リーシャ様ではないですか!? 何故このような場所に――って、殿下じゃないですかー!?」


 マリアはリーシャに声をかけるが、すぐに俺に気付き、狼狽した。


 …………相変わらず、リアクションが大きい奴だな。

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