廃嫡王子の華麗なる逃亡劇 ~手段を選ばない最強クズ魔術師は自堕落に生きたい~
出雲大吉
第1章
第001話 廃嫡……そして
「そこまで! イアンの勝ちとする!」
王宮内にある訓練場に無慈悲な言葉が響いた。
勝ちを宣告した王は客席から俺と俺の異母弟であるイアンを見下ろしている。
そして、目の前にいるイアンもまた俺を見下ろしていた。
俺と対峙していたイアンは無表情な顔で俺に剣を向けており、俺の剣は数メートル先に転がっている。
この状況を見れば、どちらが勝ち、どちらが負けたのかは誰が見ても明らかである。
そう、負けたのは俺だ。
「ロイド、これが結果だ。約束通り、お前を廃嫡とし、イアンを王太子とする」
この俺と弟の戦いは次期王を決める戦いだ。
というよりも、俺の父である陛下は王太子である俺を廃嫡に決めたのだが、俺が駄々をこねたため、急遽、このような決闘が開かれたのである。
俺はいきなり呼ばれて廃嫡を告げられ、納得がいかなかったのだ。
当たり前である。
俺がとんでもなく無能で、弟がとんでもなく優秀ならまだ理解もできる。
だが、俺も弟もそんなに能力に差はない。
しいて言うなら俺が得意なのは魔術であり、弟が得意なのが剣術なくらいだ。
それ以外はほぼ変わらない。
「陛下! もう一度お願い致します! 確かに弟は剣術に優れております! ですが、私にも魔術があります! 魔術の使用の許可をください!」
なんで魔術師が剣で戦わないといけないのか!
自分で言うのもなんだが、勝てるわけがない。
「ならん! このエーデルタルトでは武術を尊ぶ。エーデルタルトの王は武術に優れていなければならない。これは今まで貴様に何度も言ってきたことだろう」
確かに子供の頃から言われてきた。
だが、俺はそうは思わなかった。
王が剣術に優れていて何の意味がある?
当たり前だが、こんな偉そうなことを言っている陛下にしても、実際に戦場に出たことはない。
「納得できません!」
「貴様が納得するかどうかは関係ない」
陛下は興味をなくした目で俺を見ると、客席から立ち上がり、踵を返した。
「陛下!」
「くどい! 貴様はミールの地の領主の任官を命ずる」
それはつまり、俺は廃嫡どころか王族ですらなくなるということか……
「陛下っ!」
俺は納得がいかず、再度、父を呼ぶが、父がこちらを振り返ることはなかった。
「兄上……」
弟のイアンは剣を下ろし、憐れみを持った目で俺を見てきた。
「くっ!」
俺は立ち上がると、落ちている自分の剣を拾い、鞘に納める。
そして、弟を無視し、訓練場を出ていった。
◆◇◆
俺は訓練場を出ると、自室でぼーっとしていたが、夜になると、メイドの目を盗み、王宮を抜け出した。
そして、街に出て、誰もいない古い見張り台に登ると、王宮を見下ろす。
「もうすぐであそこともお別れか……」
俺は思わず、声が漏れた。
俺はあそこに18年間も住んでいる。
俺の世界はあそこであり、あそこで終わると思っていた。
だが、俺は辺境のミールに行かないといけない。
それの意味するところは二度とこの地に戻ってこれないということだ。
「ハァ……ミールか……」
ミールはあまり良い土地ではない。
一言で言えば、田舎であり、何もない地なのだ。
「きっつ……」
「本当ですわ」
俺が愚痴をこぼしていると、背後から女の声が聞こえた。
俺は声がした方をゆっくりと振り向く。
すると、白いドレスを着た見た目麗しい金髪の若い女性が目を吊り上がらせ、俺を見ていた。
「なんだ……リーシャか……」
「なんだではありませんわ。殿下は何をしておられるのです」
「見てわからんか? 王宮を見ている」
見ればわかるだろ。
「そうではありません。昼の決闘のことです」
弟との決闘のことか……
「見ていたのか?」
「当たり前でしょう。婚約者であるあなたの将来、引いてはわたくしの将来に関わることです」
リーシャは公爵令嬢であり、俺の幼なじみだ。
そして、婚約者でもある。
つまり、本来なら次期王妃だった。
「陛下は剣術が好きらしい」
「というよりも魔術師がお嫌いなんでしょう。日頃から前線に出ない魔術師を臆病者と蔑んでいらっしゃいますからね。ご自分も前線には出たことがないというのに……」
ちなみに、この元次期王妃様は口が悪い。
あと、態度も性格も悪い。
もちろん、表向きはおしとやかにしているが、俺や同じ貴族学校に通っていた者達はこいつの本性を知っている。
「それが王だろ」
「まあ、そうですね……だからこそ、納得がいかないという殿下の気持ちはわかります。ですが、殿下は殿下でやりようがあったでしょう」
やりよう、か……
「魔術ではなく、剣術に力を入れるべきだったか?」
「いえ、決闘の時にこっそり魔術を使うとか、イアン様の食事に下剤を盛るとかあったでしょう」
ほらね。
こいつ、クズだ……
まあ、貴族らしいと言えば、貴族らしい。
「やろうと思ったが、向こうの護衛に勘づかれた」
「信用がありませんね」
それはお互い様だろう。
「お前、これからどうする気だ? 婚約を破棄したいなら構わんぞ」
性格を置いておけば、こいつの見た目や地位なら良いところに嫁げるだろう。
それこそ、まだ婚約者がいないイアンに嫁げば次期王妃に返り咲ける。
「何を言うのです。わたくしは二夫にまみえません。そんなことをするくらいなら死を選びます」
ご立派なことで……
「では、生涯ミールだな」
「ミールかー……」
リーシャはがっくりと肩を落とし、苦虫を噛み潰したような顔をした。
めっちゃ嫌そうだ。
「俺についてくる場合はそうなる」
「クーデター……」
リーシャがとんでもないことをつぶやいている。
「誰が俺についてくる? 陛下やお前がいつも言うようにこの国は武術を尊ぶ。誰が魔術師のクーデターに参加するものか」
魔術師が嫌われているわけではないが、下に見られているのは確かだ。
「ハァ……でしょうね。わたくしも嫌です」
リーシャもエーデルタルトの人間らしく、武術を好んでおり、こいつの剣術は相当なものだ。
さすがに城や家では持たないが、町に出る時は常に剣を持っているし、今だって、左手に剣を持っている。
公爵令嬢のくせに……
「大人しく、ミールの地に行くしかない。イアンが王になった時に泣きつけば、お人好しのあいつのことだからなんとかなるだろう」
田舎は嫌だーって言えば、適当な地位をくれて、王都に戻ってこれるかもしれない。
「ハァ……情けない……」
リーシャが呆れたように首を横に振る。
「ミールよりかはマシだろ」
「まあ、そうですね」
俺とリーシャはおしゃべりをやめると、2人で王宮を見下ろす。
「リーシャ……王妃にしてやれなくてすまない」
俺はボソッとつぶやいた。
「いえ……わたくしこそ、殿下を王にしてあげられなくて申し訳ございません。わたくしの力不足です」
力不足なのは俺だがな……
俺はふと隣を見ると、リーシャの美しい顔が濡れていた。
「泣くなや……」
「あなたこそ……」
気が付かなかったが俺も泣いていたようだ。
「俺は悔しさだな。魔術が認められなかったことと弟に負けたことへの悔しさ」
そんなに歳が離れていたわけではないが、弟に負けるのは傷つく。
「わたくしは王妃になれなかったことですね。そうなるように子供の頃からお父様やお母様にきつく言われてきたのに……」
またもや、俺とリーシャの間に沈黙が流れる。
「弟は立派な王になるだろう」
「まあ、そうかもしれませんね。イアン様は特別優秀というわけではありませんが、人徳があります」
なお、俺もリーシャもそんなものはない。
「だが、やはり弟に負けるのはむかつく」
「気持ちはわかります。わたくしもむかつきます」
だよな。
「だから今から良いものを見せてやろう」
俺はそう言って、リーシャから目線を切り、王宮を見た。
「良いもの? なんです?」
「ちょっとしたイタズラというか、腹いせだよ」
「そんなことをするから廃嫡になるんですよ……」
うっさい。
「まあ、これくらいは、な」
「何をしたんです?」
「着火の魔法の護符を王宮に仕掛けた。ほれ、前にお前にもあげただろう」
「ハァ…………子供ですか…………でも、まあ、奇遇ですね」
ん? 奇遇?
「奇遇ってなんだ?」
「わたくしもあなたにもらった着火の魔法の護符を王宮に仕掛けました」
へー…………え!?
「ちょっと待って! お前は何をしているんだ!?」
「あの程度の火種なら軽いイタズラではありませんか…………せいぜい、騒ぎになって寝不足になればいいんですの」
「…………どこに仕掛けた?」
「え? どこって?」
「あの魔法は誘爆するぞ」
1つ1つの火はたいしたことないが、2つ、3つあれば一気に燃え広がる魔法だ。
というより、本来の使い方がそれであり、あれは俺が焚火なんかで火を起こすために改良した魔法なのだ。
「えっと、もちろん、被害が出ないように人の少ないエリンの離宮に――」
リーシャが言いかけた瞬間、王宮が一気に明るくなった。
「あっ……へ?」
火がついた王宮を見たリーシャが呆ける。
「本当に奇遇だな。俺もエリンの離宮に仕掛けた」
だって、あそこなら水が多いし、ぼやで済む。
「…………………………」
「…………………………」
俺とリーシャは絶対にイタズラではすまない火をただただ見つめる。
すると、カンカンという警鐘の音が街に鳴り響き始めた。
「…………………………お」
「…………………………お」
俺とリーシャが同時に口を開く。
「「お、おのれ、王家に仇なすテロリストめ!!」」
俺達は同時に剣を抜き、剣をお互いに向けた…………
――――――――――――
お読み頂き、ありがとうございます。
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そちらの方も読んで頂ければ幸いです。
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