秘してなお隠れざる恋、王子様ったら素直じゃないんですから
uribou
第1話
サルマック王国の王宮の一室で、今日も一組の貴公子と令嬢が優雅にティータイムを過ごしていた。
「ハッハッハッ、何を言っているのだロウェナ。予とそなたは政略で結ばれているのではないか。愛情などありはせぬ」
「そうですねえ」
王太子オクラ殿下とブロードハースト侯爵家のロウェナ嬢は婚約者である。
一見二人は仲が良さそうであるが、会話はこんな感じであった。
二人の従者は同時にため息を吐いた。
オクラは優秀な王子として知られているが、誰が相手でもこんな具合であった。
ツンと尖っているのだ。
よって王太子でありながら、二一歳になるまで婚約者が決まらなかった。
高位貴族の令嬢なんてプライドが高いに決まっているのだから、ウソでも愛してるって言ってやりゃいいのに、そういうことができないシャイな男であった。
おまけに身分の高い者は迂闊に本心を曝け出してはいけない、なんて教育を受けているもんだから尚更だ。
拗らせること拗らせること。
年回りの合う高位貴族の令嬢に軒並みお断りされた。
政略なのは知れたこと。
しかし腹芸も使えずリップサービスもないのでは、上に立つものとしての資質に問題があるのではないかと思われてしまったのだ。
国王夫妻も頭を抱えていた時、現れたのがロウェナだった。
ロウェナは大変のんびりした令嬢だ。
ブロードハースト侯爵領が遠方の辺境で、また侯爵自身が難しい辺境統治にかかりきりで中央の政治に関わりがなかったということもあり、ロウェナは王都の王立学院に通わず、ずっと領内で生活していた。
王太子の婚約者が決まらず困っていたところに、たまたまブロードハースト侯が娘を連れて王家に挨拶しに来た。
あれっ、侯に娘がいたんだっけ? おりますよってなもんで、すぐに婚約の運びとなったのだ。
ロウェナが何を言われてもどこ吹く風の令嬢であったことから、無神経にも思えるオクラの物言いに動じることはなかった。
ロウェナのおっとりとしたところをオクラは気に入ったらしく、何かと時間を見つけてロウェナを構うのだ。
その魂胆は見え透いていたが、口に出すのは建前論だけだった。
ロウェナはそんなオクラの心理を察していたようで、やはりいつもニコニコしていた。
国王夫妻は大層ホッとしたそうな。
そんな時に事件は起きる。
◇
「テロだと?」
「はい」
若くして治安維持を任され、憲兵隊騎士団近衛兵に関する運用権限を持っているオクラの元に不穏な一報が入った。
「リプセット伯爵の手の者か?」
「と、思われます」
「バカめ。誤魔化しきれなくなってとんずらする気だな?」
リプセット伯が贋金造りに関与しているとの疑いで、オクラは内偵を進めさせていたのだ。
リプセット伯はテロで国内を混乱させて最近サルマック王国と関係のよくない西の隣国ブルケン――――伯の母親の出身国である――――に逃げ込むつもりだろう。
「ハハッ、欲深なリプセット伯のことだ。どうせ抱えるだけ荷物を抱えているんだろう?」
「その通りです。テロは憲兵隊に対応させ、既に解決の目処が立っております」
「あとはリプセット伯本人か。とっとと騎士団を派遣して伯を捕捉しろ」
「そ、それがロウェナ様を含む複数の夫人や令嬢を人質にしたまま、西への移動を図っているようでして」
「……何だと?」
ロウェナは伯爵家で行われていた茶会に招かれていたのだ。
リプセット伯になるべく警戒心を抱かせないため、オクラはロウェナに何も伝えていなかった。
それが仇になる。
婦女子を質にするとは見下げ果てたやつ!
オクラは唇を噛んだ。
「いかがいたしましょう?」
「まずは泳がせろ」
「伯の出方を待つということですか?」
「まあな。逃げる気ならば、早期に足手まといになる人質を解放して数を減らすはずだ」
「そうですな!」
「そして予が出る」
「は?」
「地図を見よ。リプセット伯は必ず街道を通って隣国ブルケンを目指す」
「ブルケンまでの距離は他の国々までの国境に比べると格段に短いですからな。間違いないでしょう」
「予自らが足の速い伝令近衛の軽騎兵を率いて間道伝いに先回りし、黒装束を纏ってブルケン側から急襲してくれる。ギリギリ間に合う!」
「な、なるほど!」
どうせリプセット伯は人質を見せびらかし、追っ手の騎士団の足を鈍らせながら隣国に逃げ込むつもりなのだ。
意識が追っ手にしか向いていまい。
ブルケン側から盗賊まがいの者に襲われるのは計算外だろう。
確率論ではあるが、普通に追っ手をかけるよりロウェナを無事救い出し、伯を捕らえる可能性は高かろう、とオクラは考えた。
「時間との勝負になる。追っ手にはなるべく時間を稼ぐよう指示を出せ。予は人質の救出と帰還を第一義とする。曲者の逮捕は騎士団の仕事だ」
「はっ!」
◇
「予の出番がなくなってしまったではないか」
「そうですねえ」
お妃教育の間にオクラが顔を出し、今日もまたティータイムと洒落込んでいる。
相変わらずロウェナはのほほんとしていた。
「ロウェナが武道の達人だとは初めて知った」
「いえ、達人と言うほどではありませんよ」
「そうなのか?」
「ええ、田舎では当たり前のことなのです」
王都テロの際、一旦は他の夫人や令嬢とともに人質となったロウェナであった。
しかし自分を除いた人質が解放されると、隙を見てロウェナはリプセット伯を当身で気絶させ、その身体を盾にして憲兵隊が到着するまで持ち堪えた。
想定外の成り行きにうろたえる犯人一派を一網打尽にした大勝利であった。
おかげで混乱は波及することなく王都の門を出る前に収束してしまい、いち早く先回りしようとしたオクラの行動は、完全に空振りに終わってしまったのだ。
後から報告を聞いたオクラは唖然とした。
そしてロウェナの行動力は、辺境仕込みの素晴らしい胆力と体術に裏打ちされていると思った。
それでこそ我が婚約者、と感じ入ったことは認めないだろうが。
「最初はテロだというだけで状況がわからなかったのです。それで大人しくしていたのですが、段々伯爵の自作自演だと理解できまして」
「それで当身で反撃か」
「はい。オクラ様の積極果敢な御判断を後で聞いて驚きましたわ」
「ふん」
オクラが照れ臭そうに、テーブルの上にあるものを置く。
「これは何でしょう?」
「土産だ。手ぶらで帰るのも芸がないからな。西の大神殿に寄って、お守りを買ってきたんだ」
「まあ、ありがとう存じます。効能は何でしょうか?」
「恋愛成就だ」
ロウェナが目を丸くし、オクラの顔にやや赤みが差したように見える。
「誤解するなよ? あくまで予とロウェナの婚約は政略だからなっ!」
「はい」
ロウェナはのんびりと、嬉しそうに頷く。
もちろんオクラはロウェナのことを大層好いていたが、それを口に出すのを憚っていた。
本心を見せるのは何か違う気がしたから。
素直じゃないんだからもう。
一方ロウェナはオクラのことを文武に優れた立派な人だなあと思っていたが、最近ではとても純で可愛い人だと考えている。
自分が好かれていることも理解していたので、このままで何の問題もないわ、と思っていた。
「予はもっとロウェナのことを知りたい」
「はい、そうですか」
「勘違いするなよ? 今回のような事件がまたないとも限らぬのだ。王太子である予の婚約者が巻き込まれるなど、本来はあってはならぬことだった」
「では、よくお話せねばなりませんね」
「そうだ。そなたのことを把握するために、共に語る機会を多く作らねばならぬ」
オクラの瞳は輝いていた。
これで恋心を隠せているつもりでいるのだから、オクラらしくもない抜け加減だった。
ロウェナは笑いそうになってしまった。
「オクラ様」
「何だ?」
「いえ、何でもないのです」
ロウェナは思った。
オクラには愛してるの一言でさえかけてもらったことがない。
しかし秘してなお隠れざる恋は、何と甘美なものであろうかと。
秘してなお隠れざる恋、王子様ったら素直じゃないんですから uribou @asobigokoro
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