学校の怖い話『のんのんさん』

寝る犬

のんのんさん

 今まで誰にも話したことがないんだけど、俺は子供のころ妖怪かなんか、そんな化け物に殺されかけたことがある。

 あまりに荒唐無稽こうとうむけいすぎて、真実味がないと笑われてしまうような話だけど、よかったら聞いてほしい。


 小学生のころ、夏休みに一人でばあちゃんの家に泊まりに行くのが恒例行事だった。

 じいちゃんが亡くなってから、ばあちゃんは叔父家族と一緒に住んでいて、家には年の近いいとこがいた。

 いとこはカブトムシやクワガタのたくさんいる場所を知っているので、それも楽しみの一つだった。


 ばあちゃんは「のんのんさんになむなむしようね」っていうのが口癖で、いいことがあっても悪いことがあっても、とにかく仏壇を拝む。

 俺も泊まりに行くと、朝と寝る前には仏壇の前に正座させられて、じいちゃんや、顔も見たことのないひいじいちゃん、ひいばあちゃん、そしてもっと昔のご先祖さまたちの写真に向かって手を合わせていた。

 それともう一つ、変な習慣がある。

 朝起きて、顔を洗うと炊き立てのご飯をなんか小さい金属の器に盛って仏壇に供えるんだけど、そのあと、自分たちの朝食の用意をして、冷めたごはんを分けて俺たちの茶碗に混ぜるんだ。


「のんのんさんと同じものを食べると、守ってくれるからね」


 ばあちゃん曰くそういうことのようだけど、仏壇に上がってた冷えたごはんを食べるのはちょっと嫌だった記憶がある。

 ただ、おじさんもおばさんも当たり前のことのようにそのごはんを食べてたから、俺もそういうルールなんだなって不思議にも思わず食べていた。


 小学校も高学年になったある夏休みも、俺はばあちゃんの家に泊まりに行った。

 いつものように仏壇にご飯を供え、手を合わせ、自分たちの食事にまぜる。

 いつもと違ったのは、いとこがそれを拒否したことだった。


「そんな冷めたメシなんか食わなくていいぞ」


 反抗期を迎えたいとこは俺にもそういったんだけど、ばあちゃんが悲しそうな顔をするので俺は食べた。

 いとこはばあちゃんをガン無視して朝ごはんを食べ終わると、俺を急かして虫取りに出かける。

 しばらく山の中でカブトムシやクワガタをとってるうちに、俺もごはんのことは忘れてしまった。


 一時間ほどで虫取りにも飽き、いとこが「探検行こうぜ」と言うので、池のほうへ向かう。

 山の上のほうと池の周りは危ないから行かないようにと言われていたんだけど、いとこに嫌われたくなくて、一緒に向かった。


「虫取り網でデッケー魚取れんだ!」


 そんな言葉にわくわくしたのもあり、行ってはいけないと言われた場所に行くのも、正直に言うと楽しかった。

 小学生なんてみんなそんなもんだと思う。

 とにかく、ちょっと山道を登っただけですぐについた大きな池は、なぜか池に向かって朽ちかけた鳥居がある、不気味な池だった。

 いとこは鳥居を無視して池のふちまで駆け寄る。


「いたいた! ほら見ろよ! デッケー魚!」


 言うが早いか、もうすでに網を池に突っ込んでいる。

 バシャバシャと大きな水しぶきが上がり、テンションが上がった俺も、いとこに駆け寄ろうとした。

 その瞬間、いとこの向こう側、池の水面から馬みたいな顔が浮かび上がった。


『ブセッショーカイを犯したな!』


 よく聞こえなかったけど、泡立つような気持ち悪い声で、そんなことを言っていた気がする。

 馬の顔の横から人の手がぬっと伸びて、いとこの足をつかむのが見えた。

 バシャっと音がしたかと思うと、次の瞬間には、いとこはもう腰まで池に引きずり込まれていた。


「ひっ!」


『ボーショーに落ちろ!』


 ものすごい水しぶきが上がって、小学生だった俺は足がすくんでしまう。

 それでも「助けなきゃ死んじゃう」と思って、なんとかいとこに駆け寄った。

 いとこの手をつかむ。

 でも、水の中から出てる腕の力は強く、俺はいとこと一緒に肘まで池に浸かった。

 いとこはもう手の先しか見えていない。

 それでもなんとか引っ張ていると、今までいとこの身体をつかんでいた腕の一本が、俺の腕を「ガッ」と握った。


 その時の身体の底から震えがくる感覚は、今でも時々夢に見る。

 全身に鳥肌が立ち「あ、このまま死ぬんだ」と直感的に思ったのを覚えている。

 まぁ死ななかったからこうして話をしていられるんだけど。


 結論として、俺をつかんだ瞬間、その腕は二人を放してバシャバシャっと池の中央まで引き下がった。

 いとこは池の中から這い出して、汚い水をゲーゲーやっている。

 俺は池の真ん中から頭を出している馬を、腰を抜かして見つめていた。


『きさま、ブッパを食ったな!』


 血走った目で俺を睨みながら、馬の頭はゆっくりと池に沈んでいった。

 水面にはもうさざ波一つたっていない。

 やっと立てるようになった俺は、いとこと二人、網や虫かごも忘れて、夢中で逃げ帰ってきた。


 そのあと、当然のように池に行ったことがバレ、めちゃくちゃ怒られた。

 ばあちゃんはとにかく無事だったことを喜び、その日はいつもより長い時間、仏壇を拝んでいた。


 中学生になったころから、夏休みにばあちゃんの家に行くこともなくなった。

 この間ばあちゃんが亡くなった時、数年ぶりにいとこに会ったんだけど、あの時のことを聞いても「未だになんだかわからん」と言っていた。

 ただ俺は、あの時馬の頭が言ってた「ブッパ」ってのは、仏壇に上げたごはんのことだと思っている。

 俺だけが食べて、いとこが食べていないものなんて他にないから。


 だから、俺たちが助かったのは、たぶんばあちゃんのおかげだ。

 じいちゃんたちの写真の横に並んだ優しく笑うばあちゃんの写真に、俺はゆっくり時間をかけて手を合わせてきたよ。


――了

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