唯一の記憶

 部屋を移動し、ルイとヒカリは例の少女の部屋へ。

 廊下から声をかけるも返事はなく、眠っているようであった。


 それもそのはず。大怪我をしていたのだから普通に過ごすことはままならない。

 身体を休めるためにも眠るのが最適と言えるだろう。


 しばらくどうすべきかを話し終えた辺りで、ヒカリが口を開く。


「……面白い人だね」

「誰が? 怪我した女の子?」

「……あなたのことだよ、ルイ」


 彼は痛みこそ引いているとはいえ、件の少女と同じく怪我人である。

 歩行速度がやや遅めなため、廊下を渡ってこの部屋に来るまでしばらく会話をする余裕があった。


 その間の素行は天然そのもの。


「……そろそろさ、入ってもらっていい?」


 ヒカリが病院らしい引き戸を開きっぱなしにしていた。そのまま数分間会話をしていたということだ。

 彼女からしても億劫だろうし、それ以前に開けたならささっと入るべきだろう。


 レディに扉を開かせているにも関わらず、気にせず数分もそのままにしておく彼はなかなかに天然である。例の少女のこと以外にリソースが割けない状態だったのかもしれないが。


 流石に状況と空気を理解したルイはささっと入るが。


「——ったぁ!?」


 扉の開きが甘かったのか、ルイは肩と足を器用にぶつけてしまう。


 意識がその扉近辺に向いていないということだろう。慌てたこともあり、その心ここに在らずということか。


「やっぱ面白いよ……あなた」


 まるでコントのような一幕を終えて室内へ。


 そもそも何故ルイがこの部屋に来れたのかといえば、それは件の少女が望んだことだからである。

 助けてくれた相応の感謝をしたいという言葉を、看護師やヒカリに伝えていたのだ。


 約束通りルイへと伝えられたが、心配性な彼は今、睡眠の邪魔をしてしまうのではないかと恐れていた。


 彼自身眠りを妨げられることが嫌いなことも影響しているのだろう。だからこそ部屋に入ることを躊躇していた。


 だがぶつけた時に大声を出してしまったので吹っ切れた様子。ええい、ままよというやつだ。


 個室なので間仕切りがないのはルイも少女も同じだ。

 部屋の廊下をゆっくりと進み、やがてベッドが見えてくる。

 少女の足元が布団の中でもぞもぞと動いているのが見て取れる。


「誰か、そこにいるのか……?」


 眠気を帯びた声で少女が発する。

 昨日のような弱々しさとはまた違い、それがルイに安心を与える。

 怯えているでもなく、少女はただ問いを投げかけている。


 その問いに答える前に、二人はベッドの前にたどり着く。

 少女は寝ぼけ目ではあるものの、しっかりじっくりと彼らを見つめる。


「連れてきたよ、恩人さんを」


 ヒカリの言葉で少女は微笑むと、じっと真っ直ぐにルイと視線を合わせる。

 少年はドキッとしたが、顔を合わせないのも失礼だろうと思い頑張って見つめ返す。


「——あぁ、覚えてるよ」

「え……?」

「何もない自分だけど、ただ一つ。がむしゃらに頑張って、助けようとしてくれたことを覚えてる」


 ここまで人に感謝されたことが少ないため、ルイは少々当惑してしまう。

 それでも嬉しい気持ちは本当であるため、謙遜した返事をする。


「えへへ、その後倒れちゃったけどね……」

「いいんだよ。とても感謝してるし、嬉しかった」


 感謝の言葉は心に沁みたのか、ルイの表情も自然と和らぐ。

 思わず彼の方から言葉が先走る。


「ありがとう。ここに呼んでくれて」

「もう、お礼を言うのはこっちだ。こちらこそありがとう。君のおかげで助かった」


 天然である。フッと吹き出すような声がどこかからか聞こえるが、ルイに気にする余裕はなく。


「じゃあ、席外すね」


 返事を待たずしてヒカリは廊下のトイレへ。

 残されたルイはどうすればいいやらと思いつつも「隣、いい?」と問う。


 もちろん少女は受け入れる。移動するまでの間ずっと目線を外さない辺り、よく顔が見たかったのだろう。


 少年がベッド横に設置された椅子に座ると、少女はまたも顔を見つめてくる。


「そんなに気になるの?」

「今を忘れたくなくてさ」


 記憶を失っているためだろうか。様々なものをじっくりと観察しようとする。

 少なくとも、これまで失ってきたものの大きさを感じているのだろう。


「なあ、名前はなんて言うんだ?」

「えっと……ルイ。夜天 ルイ」

「ヨノウエ、ルイ……。わかった、絶対に忘れないぞ」


 少女はにへっと笑う。思わずルイも笑ってしまうほどに。


「忘れないって言うけど、記憶がないって言うけど、他には何にも覚えてないの?」

「ああ、何もない。助けてくれる前までのことは何も」

「そっか……」

「悲しい顔をするなよ。少なくとも今は、生きてるだけでもありがたいんだからさ」


 確かにその通りで、仮にも隕石の直撃を受けた身体なのだ。致命傷を負っている状況から僅か1日足らずで意識を取り戻しているのだから、それだけで奇跡と言わざるを得ない。ルイはその場で納得する。


「あれ……?」

「ん? どうしたんだ?」

「傷が……」


 少女の身体から傷が無くなっている。

 いや、正確には跡は残っているものの、そのほとんどが「治癒」していると言っても過言ではない。


 天ノ峰の医療技術は日本の中でも指折りと言われているが、それほどまでのものだとはルイも知らなかった。

 入院などしたことはなかったため、どれほどのものなのかは知る由もなかったのだ。


「良くなってきてるみたいで、今日の夕方にはここを出られるらしい。行き場はないけどさ」


 助けたい一心だった人が、しっかりと今快方に向かっている。


 その事実を知れただけでも少年は嬉しくて堪らない。自分が成し遂げたいと思っていたことが叶うと感動するものである。


 先ほどヒカリからも聞いていたが、それでも本人から口に出されればより安心できるというものだ。


「でも、行き先がないのは大変だね」

「アマノ……? が手配してくれるみたいだ」

「へ? アマノ?」

「アマノミミだったか」

「あー。天ノ峰ね」

「そうそう、アマノミネ」

「……僕の名前は」

「ヨノウエ ルイ」

「覚えてくれたー!」


 ルイは何より、誰よりも真っ先に自分の名前を覚えてくれたという事実に感動する。


 ヒカリの名字より先に自分の名字と名前を記憶してくれたのだから。

 少年はキラキラの笑顔で少女の手を両手でぎゅっとする。少女は困惑するが、少年の嬉しそうな表情を見て自然とほっこり。


 ふと、話が脱線気味になってしまったことに気づいたのか、少女が話を戻す。


「まあその、ただ……失った記憶は取り戻したいと思っている」


 記憶を失った人は何かしらの要因で、過去の思い出を取り戻すこともある。

 それはルイも知っていることだ。記憶障害を経験した人の話は幾つか読んだことがある。


「それができるかもしれないって、さっきアマノが言っていたんだ」

「そこから先はあたしが話すよ」


 そう言うなり再び現れるヒカリ。

 話に集中していたためか、知らない間に花を摘み終えていたようだ。


「ルイ、あなたなら天ノ峰の伝承を知っているでしょう」


 手ぬぐいで手を拭きつつ、ヒカリは御伽噺を始める。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

[序]星屑の漂流者―ファースト・コンタクト― くろめ @hoshinocox

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ