一寸先の衝撃
「……んん」
——手足の自由が確認できる。
ふわふわと浮いた意識の中であるため、あまり想像が巡らない。
果たして今、自分の身に何が起きているのか。
それをルイ自身が悟ることもできず、ただ「今」という時間を認識することしかできない。
「……まうしい」
寝起きのためだろうが呂律も回っていない。無論、頭も。
寝る前に『明日は起きて早々に〇〇をするんだ』と決めていたとしても忘れることはある。多くの人は眠りから覚めると、起きて数分ばかりは記憶も不自由であることの方が多い。
それでも、今が日中であることは本能で認識する。
ゆっくりと目を開くと、そこは見知らぬ景色。
まるで病室のような作りの部屋で、彼が居るのはベッドの上。丁寧に敷かれた布団に包まれて暖かい。
「ここ……どこ?」
少しは考える余地の出てきた頭であるが、その「場所」が一体どこなのか判然とせず。
病院の一室であることは分かったが、それ以上の手がかりは一切そこに無い。
誰かが助けてくれたのだろうか……と、ふと昨日のことを思い出す。
「(待って。あの子は? 赤髪の……セーラー服の……)」
ここが病院だと言うのなら、助かっているだろうかという安心と心配のせめぎ合いが起こる。
確かに、彼にとって見知らぬ人ではあった。
だが彼女が命の危険にさらされた状態であったのは事実であり、その目や心に焼き付いている。
少なくとも微小な隕石の衝突に巻き込まれたのだから、大怪我をしていることは間違いない。病院に直ぐ連れていかれたとて、助からない可能性だってあるのかもしれない。だからこそルイにとっては心配なのだ。
「いたたた……」
頭を少し右に動かすだけで首が痛む。爆風の影響がそれだけ凄まじかったのだろう。
だが視線が変わったことで、ボタンらしきものが目に留まる。
ナースコールというやつだろうか。丁寧に『呼出』と書いてあるので間違いはない。
ボタンを押そうと試みたその瞬間に、一手早く部屋の扉がノックされる。
「夜天ルイさん。起きてる?」
「……はい」
少し警戒しつつ、少年は返事をする。
これまでに聞いたことのない、クールで真面目そうな女の人の声色であるためだ。
入るわねと一声かけてから数秒、扉を横に引いて入ってくるのを感じる。
その場から扉は見えないため、音が頼りになるのだが。
ようやっと見えるその姿に、彼は素敵や品を感じざるを得ない。
恋愛感情だとかそういうものではなく、若手の衣装モデルやタレントのような美しい格好の「お姉さん」がそこにいる。
「こんにちは。ルイさん」
「おはようございます。 ……えっと、あなたは?」
間が空きつつも、まずは相手が何者であるかを問う。
「あたしはヒカリ。多分初対面だよね」
「……はい、多分」
少し弱々しい丁寧語になってしまう。それはまさしく圧倒されているからだろう。
その様子に気づいたようで、ヒカリは笑う。
「そんな堅苦しくしないでいいよ。もっと砕けていこっか」
「う、うん。ありがと……」
重い腰を上げて、出来れば立ち上がろうと試みるが、まだ少し痛む。
その意図と状況を把握したヒカリは優しく告げる。
「そのままでいいよ。ちょっとここ座るね」
どうぞと言う間も無く、彼女はベッドの隣に置かれていた椅子に座る。
そして一息ついた様を見て、ルイはふと気になったことを口にする。
「えっともしかして、あなたが助けてくれたの?」
「うん。夜に外を歩いてたらあなたの悲鳴が聞こえたからね。大変だったよ、探すの」
「……ありがとうございます」
感謝と同時に、次の疑問が浮かぶ。
「あの、どうして僕の名前を?」
初対面なのに自分のことを知っているのはなぜか。
それがルイには気になって仕方がない。名乗った覚えは無いのに。
元小学生は身分証など持っていないし、それに類する何かを持ち合わせていた訳ではないのだ。
対してヒカリは「その質問が来ると思ったわ」と言いたげな笑みを浮かべる。
「知っていたのよ」
「知ってたって……どういうこと?」
「天ノ峰(のクソ)町長の娘。あなたが通う中学の生徒会長。そう考えれば自然でしょ?」
町長の前にボソリと何かを言っているようだったが、ルイには聞き取れず。気づいている様子もあまりない。
だが、町長ならば名簿を持っていても不思議ではない。
天ノ峰はそれなりに広い町だが、人口はそこそこ。もしかすれば覚えられるだろうか。
それでも見ず知らずの人を覚えていること自体が大変な作業ではあるが。
「まあ、あとは(クソ)町長宛に行方不明の相談もあったからね。『夕方に出かけたっきり帰ってこない』って」
「あー」
父親に何も言わず、深夜まで空を見上げていた。確かに行方不明と思われても仕方がない。
新生活に対する不安が夜空を見つめるという形で出てきてしまったわけだ。いわゆる現実逃避である。
少年特有の「親にはあえて言いたくない」時である。
だが、そのお陰で捜索をしてもらえたのだ。
ヒカリが外に出ていたのも、夜天ルイという行方不明者を探すためだったのだろう。
「そうだ、女の子は無事!?」
「目の色変わったわね……まあいいけど」
連想ゲームのように、聞きたいことがパッと出てくる。彼にとっては自分のことより少女の安否が気掛かりなのだ。
「容体を言うと、良好。担当医曰く今日の夕方にもここを出られるらしいよ。びっくりするぐらいの回復力ね。もしや明日には走れるんじゃないかしら」
それを聞くとルイは心から安堵する。全身から力が抜けていく。
「……でもね、一つだけ。あなたに聞いておきたい」
ヒカリの声色が変わる。
それまでの優しい口調ではなく、先ほど扉の奥から聞こえた真面目そうな声に。
空気がピリつく。
「あの子は、一体何者?」
「何者って……? 町の人、知ってるんじゃないの?」
「ううん。見たことも、聞いたこともないよ」
天ノ峰に住んでいる人間のことであれば、基本的に誰でも分かる。
……と、それに類する言葉を言い放っていたにも関わらず、ヒカリはその少女のことを知らないと言う。
すなわち、その少女がこの町の人間ではないことを示していることに他ならない。
「改めて……。あの子とはどういう関係? 友達か、それとも恋人?」
「いや……別にそういう訳じゃ……」
「一緒に樹海の中へ入っていってるんだから、相当な仲だと思うけど? やっていたのは大冒険? それとも良からぬ企み? 無いとは思うけど、連れ去り——……?」
まるで事情聴取である。いや、実際その通りなのだが。
ただ自分は少女を助けたかった一心なのに不純な交遊だと思われている。世間からはそうとしか見えないのかと、ルイは頭を抱える。
「えっと、信じてもらえるか分からないけれど……」
昨晩に起きたことを、ありのままにヒカリへ伝えようとする。
野原で空を眺めていたら隕石が降り、走って逃げたところ野原に直撃して、その小さなクレーターの中心に少女がいたと……。
ヒカリはその一つ一つを茶化すことなく、真っ直ぐに最後まで聞く。
ルイが話し終えると、彼女は納得したような表情で口を開く。
「いいストーリーだね。聞き惚れちゃった。将来は作家かペテン師ね」
「いや事実なんだけどなぁ……」
「観測所からも隕石の情報なんて無かったからなあ……」
あまり信じてもらえていない様子だ。
静寂。
ヒカリは腕を組み、斜め30度ぐらい上を向いて、首を傾げつつ何かを考える。
ルイはその様子をただ見つめることしか出来ず、沈黙の時間が訪れる。
「——……ああ、でも」
まるで何かに気づいたかのようにヒカリは沈黙を破る。
「本当に、樹海の奥に野原があったの?」
真剣だが、先ほどよりは柔和な眼差しでルイに尋ねる。ピリつき具合から一変して空気も穏やかだ。
「絶対にある。僕が居たんだし」
「ふぅん……」
またも静寂。
ヒカリは長考する。
「……分かった。あなたの言い分を信じるよ」
にこりと、ようやっと笑顔を見せる。まるで何かに納得したかのように。
ただ、ルイには気になることが出来てしまった。
「でもどうして? 容体が安定してるなら、本人に聞いたらいいのに」
「うん、本当はそうしたかったんだけれどね……」
言葉を濁される。
すなわちその赤髪の少女に何かあったということだろう。直感的にそれを理解したルイは尋ねる。
「意識がまだ戻ってないとか……?」
「ううん、意識はあるし、言葉もしっかり話せるよ。だけどね――」
「だけど……?」
思うことがあったのか、彼女はその言葉を発するのに少し時間を要した。
「――あの子、記憶が無いみたい」
ルイはゾワリと身体が震えた。
まるで、その言葉が自分自身にも影響があるかのように感じて。
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