第1ゲーム 入国できない

「ようやくついた。長い船旅だったね」


 誉は船から降りるなりすぐにそんなことを言った。

 後ろで歩いているブランカは猫のチルベを頭に乗せて、前の方を見上げた。

 目の前には巨大な壁。

 その高さおよそ50メートル。

 誉もそれを見上げ、ははっと笑った


「すっごい高さ。ここまでしないといけなかったものか…」

「それだけこの国にとって海と潮風は天敵なのでしょう。で、今回の目的地はここですか?」

「いんや、適当に寄っただけ。遊戯の国なんて楽しそうじゃないか。僕はトランプが好きだけど」

「ならオリジュールにいけばいいのでは?」

「金はいらないよ。絵だけで儲かってるし」


 完全に金持ちのセリフだった。

 瑞花誉は旅する絵描きである。

 ペンネームは『合歓木ねむのき

 世界中に名を轟かせている天才絵師だ。


「それより、師匠、師匠は携帯持ってませんよね」

「うん。それが何か?」


 するとブランカはため息をつき、呆れた声で言ったのだ。


「この国は、携帯を持っていないと入国できませんよ。なんせ遊戯の国なので」

「…嘘だろ」


 一瞬にして旅路が崩れ去ったのだった。





















































 まぁ、そんなので諦める誉ではない。

 誉はブランカの携帯を借りて、とあるやつに電話した。

 プルルルルっ……『もしもし?』

 相手はワンコールで出た。

 その声を聞いて誉は話し出す


「や、元気かい?あられ」

『あ!誉さん!こんにちは!』


 電話の相手は世界中に浸透するありとあらゆることをなす会社、摩多羅堂に属する部門の一つ、配達部門『雨上り』所属の七下雨ななつさがりのあめあられ。誉の専属配達員だ。


『電話なんて珍しいですね。どうしたんですか?』

「急で申し訳ないんだけど、携帯を買って持ってきてくれないかな?ついでに角砂糖5スタック。影冥の名前で付けといてくれたらいいよ」

『ほへ?ネットショッピング部門にお願いしないんですか?』

「あられにお願いした方が安全だし早いからね。頼めるかい?」

『勿論!信用してくださっているんですから、期待には答えないと、ですよね!あ!おーい!銀葉さーん!』

「まずいぞブランカ、なんか付いてきそうな気がするんだけど」


 電話の向こうから聞こえた「銀葉」と呼ぶあられの声。

 咄嗟に携帯から顔を離し、青ざめた顔でブランカにそう言った。


「銀葉さんは元々師匠に会いに来る予定でしたから。会いに来るのなら彼女の元に行くのは当然かと」

「う、まぁそりゃそうだけどさ…」


 すると…


『先生!まさかとは思ってましたが本当に知らなかったんですか?!クロスルードゥスの入国は携帯が必須だって!もう、すぐに買ってくるんで!勝手に選びますよ?』


 船の中でも聞いた声だ。

 この声は銀葉ぎんようという女性のもので、普段は摩多羅堂文化品編集部美術部門で誉の担当をしている。普段はオークションでしか出てこない『合歓木』の絵だが、そのオークションに出品するための事務作業は彼女が担当し、一般向けの画集の編集も行なっている。

 ただ、彼女はあまり誉の旅に同行はしていない。主な理由は3つ。

 1つは彼女の体力の無さだ。

 少なくとも少し走っただけで息切れをおこしてしまうためだ。

 2つめは編集が忙しいから。

 絵を描くのは誉。だがオークションのエントリーやメッセージは全て彼女が代弁している。

 3つめは誉が原因だ。

 いつも自由奔放に旅をしているせいで、誉の居場所はいつのまにか変わってしまっている。居場所を全く教えないせいでいつもブランカの携帯に連絡がかかってくるのだ。

『先生は今どこにいるんですか?』と。

 理由のほとんどが誉絡みだ。


「なんでもいいよ…入国できたら…」

『分かりました。でも砂糖は自分で頼んでください。5スタックなんて持てませんから!』

『私はできますよ?』

『ダメです!あられさんは小さいんですから!』

『でもこう見えて私1————ブチッ』


 なぜか重要なところを聞きそびれたような気がしたブランカ。

 2人は顔を見合わせてその場に座り込んだ。

 門番が怪しそうな目で見てくる。まぁ、入国もせずじっとその場で座っているのだから当然だ。


 遊戯の国、クロスルードゥス

 その名の通りゲームの国で、国の全てがゲームによって決められていると言っても過言ではない。

 例えば、この国の大統領はゲームの強いものが就任する。

 ゲームによって賭け事も行われるし、もしお金がなくたってゲームに勝てば食べられる。他国との戦争もゲーム。まさにゲームが全てを決める国だ。

 そんな国は大きな壁によって守られている。

 その理由は海に接しているからだ。世界のありとあらゆるゲームが揃い、電子ゲームも自動販売機と同じくらいに外に立ち並んでいる。そこに潮風が入ってこれば…壊れるに決まっているだろう。あくまで全てゲームのために存在するのだ。

 この国の入国には携帯が必要不可欠。

 携帯でしかできないゲームが存在するからだ。飲食店で金がなければゲームが行われる。その時に使われるのが携帯だからというのが主な理由だろう。ほかにもこの国ではゲームの成績もあり、それをこの国の上層部が管理している。そのために必要なのだ。


 謎の大吹雪によって入国禁止となっている国、アブソリュート。そこにいつの時か存在していた『大錬金術師』。誉には『前世』があり、それこそがの『前世』だ。

 その頃の記憶もあるわけだし、いろんな国の情報も知っていたが、クロスルードゥスがこんな国だった記憶はない。恐らく文明が発達して機械類が多くなったせいだろう。なんとも時代の移り変わりは早いものだ。

 その時代の移り変わりを実際に目にし、瑞花誉というは正しきことを、たとえ誰かにとっての禁忌だとしても、それを描くために、こんなことで入国できずに諦めるわけにはいけなかったのだ。


「はぁ、まったく。時代の流れにはついていけないな…」


 そうポツリと呟いたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る