第24話 桜舞新君主 桜咲と命

 幼い子供が国を統一する。

 それの不安はどの国でもあったことだ。

 子供が国を統治するには力や知識が足りない。

 だが子供はやると言うのだ。

 勿論成功する国はあるだろう。それは大人が裏で支えているからだ。

 でも、王が持つ傲慢さがあると、大人でも先へは干渉できないこともある。

 その1番の例によくアブソリュート最後の王女が上げられた。

 彼女は傲慢だった。傲慢の象徴と言っても過言ではないくらいに。

 国民から金や食料を巻き上げ、気に入らなければギロチンにかける。

『錬金術師殺し』を発令したのも彼女だし、聖女を殺したのも彼女。

 聖女を殺したせいでその聖女に支えていた聖獣が怒り、今アブソリュートは猛吹雪に覆われ、通信が取れないのだと言われているほどだ。

 そのせいだろう。国民が不安に思うのは当たり前のことだった。


 ざわざわと響き渡る不安の声が、より桜咲を追い詰めた。

 もう見たくないと目をキュッと閉じようとした瞬間、ぽんっと背中に暖かい手が乗った。

 ふと見ると微笑む命がいた。

 彼女は頷き、ぐっと前に出た。


「皆がアブソリュートのことを恐れるのは当たり前じゃ。じゃがそんなことはこの儂がさせん!というより、そんなことにしようとしたのはそこで戦意喪失しておる若造じゃ!桜咲嬢は儂が支える。きっと父上も許してくれるじゃろう」


 自信満々だった。

 自信満々だったのはいいことだ。だが残念ながら命は知名度が低かった。それも桜咲と同じくらい。

 だから国民からすればガキは引っ込んでろ状態だった。

 だがそれに屈しない。

 命はその場で言った


「儂の名は命!桜華命龍姫じゃ。かの桜水龍王命の実の娘である!儂は普段龍華神社におるからあまり知っておる人は少ないじゃろう。だが儂はこの国の神の1人である。国民を思う気持ちは父上と同じじゃ!そこでもう一度言おう。これからは桜咲嬢を儂が補佐し、この国を導いていく!この国は桜が舞うだけではない。人と神が共存していくためにあるんじゃ!いきなり現れたこんな神をすぐに認めてくれとは言わん。じゃが、この国をよくしていきたいのは桜咲嬢や皆と同じじゃ!」


 そういうと、あたりはやはりまたざわめき始めた。

 幼い次の桜舞君主。

 自称神の娘。

 どんどん複雑になっていく状況で、繚乱が命を目の前に跪いた。


「桜華命龍姫様。我が姪を、桜舞君主を、どうかよろしくお願いいたします」

「うむ。当たり前じゃ。今までお主らに何もやってやれなかった儂の罪滅ぼしじゃ。こき使ってくれ」

「…はい」


 その返事を聞くと、まだ信じきれない国民達に背を向け、今まで父の亡骸があった場所に近づく。


「父上、ようやくあなたの魂を送り出せますね」


 その返事は返ってこない。

 だが命はどこか嬉しそうになり、その手に神力を集め始めた。


「儂は命を司る神じゃ。この国の新しい象徴如き容易く作れる。じゃが…これから国が変わっていくんじゃ。象徴は皆の手で作り出さんとな」


 ぱあぁ!っと光に包まれたかと思うと、すぐに消えた。

 なんだ、その場には何もないじゃないか。やっぱり神だなんて嘘なんじゃ…

 誰もがそう思っていた。

 だが…


「言ったじゃろう?この国はやり直しじゃ。象徴も皆の手で育てようぞ。儂はただ、その火種を作ったんじゃ」


 よく見てみるとそこには小さな小さな苗木があった。乾いた土の中から生えているそれは新しい桜の木だった。

 それを繚乱は魔術で空中に映像にして映し出した。

 国民は一瞬にして希望の笑顔に変わった。

 それは桜咲も同じだった。

 彼女の言動が、桜咲に力を与えた。そしてなにか、二つの手に背中を押されたような気がした。

 その手を彼女は知っている。

 優しさ、温もりがこもったその手に押されて、桜咲は前に出た。

 何かを話そうとして一瞬いき詰まるも決心して言ったのだ。


「あの、私は邑楽桜咲と言います。まだ、未熟で、皆さんの期待に応えられるか分かりません。ですが、私も、桜華命龍姫様と同じように、みんなの力でこの国を変えていきたいです。なので、えっと、その、こんな私でも、桜舞君主になって、皆さんと一緒に、頑張っていきたいです。なので、どうか私に力を貸してください!」


 少しの間の沈黙。

 少しと言っても2秒くらいだ。

 だが桜咲にとっては何分にも感じられた。

 桜舞君主になるには前桜舞君主からの推薦だけではなく国民に認めてもらえるかどうかがかかっている。これもまたアブソリュートのようにならないための対策の一部だろう。


「…いいぜ!桜咲様!俺が支えてやるから!この国をよくしていこうぜ!」


 1人目が声を上げた。

 そこからまた1人…2人…3人と増えていく。

 1人声をあげればそれに乗っていく。

 その1人目がなければ誰も声など出さなかっただろう。

 それが人間というものだ。


「桜舞新君主様にバンザーイ!」

「バンザーイ!バンザーイ!」

「祭だ祭だ!酒を出せー!」

「おらおら!今日一番の大物出してやんよ!」

「桜舞の新君主様のための開花祭だー!」


 一瞬にしてお祭り騒ぎに変わる会場。

 それは国民だけでなく観光客も混ざっていた。


 完全に認められた桜咲に繚乱、命は勿論。影冥、あられ、翠雨も集まってきた。


「よ、桜舞新君主様。どうかこれからも摩多羅堂をご贔屓に。新君主誕生日を祝ってちょっとの間サービスするぜ」

「そうやね。それがいいわ。あられ、忙しぃなるけど頑張れるか?」

「はい!勿論です!桜咲さん、命さん、配達が必要な時はぜひ私の名前を出してくださいね。責任を持って運びますので!」

「摩多羅堂の皆様、本当にありがとうございました。どうか瑞花殿に感謝をお伝えください。私はこのあと牢獄に入れられますが…この後は桜咲がしてくれるでしょう」

「おう。必ず伝えてやる。さて、桜舞君主。なんか注文あるかい?今ならなんだって無料でやってやるぜ」

「あ、なら家臣たちを捕まえるのを手伝ってくださいませんか?今頃きっと逃げてる気が…」

「それについては大丈夫やで。アタシが水龍神様を解放する前に閉じ込めといたから。国外に逃げようたかってそうはいかん。封鎖しといた」

「流石『水霊ウンディーネの魔女』ですね。元とはいえとんでもない実力です」

「そんな褒めてもなんもでーへんよ?あられ、次この人らに注文もらったらサービスしといたってな」

「出てるじゃないですか…まぁ、了解です!」

「そんじゃ、後始末しますかー!」


 そう言って自分たちのやるべきことをしに行った大人たち。

 その後ろ姿を桜咲と命は見守った。


「えへへ」と笑う可愛らしい子供が2人。その場に残ったのだった。

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