第21話 オークション 落札 始まり

 がちゃん


 大きく広い空間に一つの光が照らされる。

 ステージ上には1人の司会。

 その背後には絵を飾るためのイーゼルかポツンと置かれていた。

 芸術と音楽の国・カンタービレにある摩多羅堂のオークション専用会場。

 会場内には世界中から集まった富豪やコレクターが出てくる商品を今か今かと待ち望んでいた。

 今日のオークションに出るのはたった一つの絵画だ。

 たった一つの作品のためにオークションが行われる、なんてことは基本的にない。普通はいくつかの商品があり、それに大金をかけて奪い合うのだから。

 だが今日のオークションは一つのものを争うために開催されている。

 そしてようやく、司会が嬉しそうな顔で歌うように話し始めた。


「紳士淑女の皆々様!お待たせいたしました!これよりオークションを始めたいと思います。ステージに置かれたたった一つのイーゼル。これを見ただけで多くの方は察しているでしょう。そうです!今回はあの神出鬼没の絵描き!『合歓木』先生の新作オークションでございます!今回の絵は満開祭が開催中の桜舞が舞台。果たしてどんな真実が映し出され、どんな禁忌の箱が開くのでしょうか!それでは実際にその目で見ていただきましょう!」


 そう言うとスポットライトを浴びながら赤い布で隠された商品が出てきた。

 観客席はもうその時点で隠された絵から目が離せなくなった。

 だがそんな観客に躊躇なく説明が来る


「『合歓木』先生が描き上げた第59作品目。恐らくこれ以上あるでしょうがオークションで出た数としてはそうでしょう。今回の絵は先程申したように舞台は桜舞。『真実の鏡』『禁忌の箱』と呼ばれる先生の絵は今回どんな真実を見せてくれるのでしょうか。それでは真実商品のお披露目です!


 布が取れる前から歓声が上がり始める。

 赤い美しい布が靡きながらその絵が現れる。

 そこでもまた、より一層甲高い歓声が響き渡る。

 キャンバスは縦長だ。左上には龍昇桜かと思いきや薄紫を帯びた銀色の鱗を持つ龍が天へ昇ろうとしているのを黒と紫の雷が縛っている。

 その斜め下にはそれを泣きながら見つめる龍のツノが生えた少女。

 その隣には暗い場所に閉じ込められ、手足に鎖をつけられた桜色の髪を持つ親娘。

 それを嘲笑うように見下す多くの家臣と黒い狐。

 全体に舞い踊る桜の花びら。

 薄紫混じりの銀色が中心に描かれた美しい絵。

 だがそれを見ただけではすぐに何が禁忌で何が真実なのか理解はできないだろう。だからこそ、どの世界にも解説という存在がいる。


「桜舞の象徴、龍昇桜。ですが描かれているのは紫を纏う銀色の龍。どこか悲しく、辛そうな表情を見ています。その右下にはそれを見つめる少女がいます。水縹色の艶やかな髪。月のように輝く黄金の瞳は涙で濡れています。枯れ切った木の下で見上げています。ですが彼女はただの少女ではありません。その額には美しいツノが生えています。よく見てみるとこの龍と似たツノです。そして場面は変わり、左下には暗い部屋で涙を流す親娘。その髪は国の象徴、桜と同じ色です。この髪色は桜舞では桜舞君主の家系だけだと言われており、この親は桜間君主なのでしょう。ですがなぜでしょうか、国のトップである彼女はボロボロの服を着ています。そして今まで3つの事柄を嘲笑う黒幕が右上に描かれています。そこには世の中には存在しないであろう真っ黒な狐と君主の家臣たちがいます。果たしてこれは何を表しているのでしょうか。そんな『合歓木』先生の作品『龍は桜舞にて父を待つ』。100万メラからスタートです!」


 そういう声と共に客席から怒涛の声が上がる。

 200万、250万、500万…1000万…1億…10億…

 とんでもない値段が提示されていく。


 コレクター、各国の富豪はもちろん。貴族、王家など、名を出せば驚きの声が上がるほどの人物がこの会場には勢揃いしていた。

 世界で唯一無二の圧倒的な画家『合歓木』の絵を持っていなければいくら貴族でも3流と呼ばれるようになっているほど。だがそれは名声のためだけではない。『合歓木』の絵にはとあるマジックが仕込んである。そのマジックと、絵の才能。これらを認められているからこそ多くの人々が求めているのだ。

 そのマジック…いや、錬金術…と言っていいのだろうか?だが錬金術師にはできないと言われている。同様魔術師もだ。


『合歓木』の絵は動く。

 例えば花を描いたとしよう。

 描かれているのは蕾だ。

 だがやはり人は蕾よりも開花している状態のものを無意識に求めてしまうものだ。

 だが『合歓木』の花の作品はどれもかしこも開花してあるものより蕾の状態の方が人気だ

 ではそれはなぜか。

 絵の中で花が《咲く》からだ。

 そんなことあり得るはずがないだろう。聞けば皆そう思う。だが残念ながら一度見てしまえば認めざるを得ない。

 本当に絵が動くのだから。


「5500億メラ!」

「5500億メラ!5500億メラです!さぁ!これ以上の金額は出るのか!?タイムリミットは1分です!」


 いつの間にかとんでもない値段になっていた。

 一人のシルクハットを被った白髭の老人が札をあげ、その値段を提示してきたのだ。

 先ほどまで2人で競り合っていたのに相手は悔しそうに手を下げ、頭を下げた。

 そして…


「5500億!5500億メラで落札です!」


 拍手喝采

 一人の男性の手によって絵は落札され、オークションの幕は閉じていった。



 次の日

 新聞は2つの情報で持ちきりだった。

 一つは5500億メラで落札された絵の話。

 もう一つは、桜舞の騒動についてだった。

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