第19話 マジックアイテム 温もり

 この世界には魔術や黒魔術によって作り出されたマジックアイテムが存在する。

 基本的に黒魔術製のものは国、または称号持ちの魔術師が封印しているため公に出ることはない。

 その中の一つに『狐の悪戯』というものがある。

『狐の悪戯』は、その名の通り狐の悪戯から生まれたマジックアイテムだ。


 とある場所に1匹の狐がいた

 狐は悪戯が好きで人を困らせていた

 そんなある日、神がその狐の悪戯に腹を立ててその狐の舌を切ってしまった。

 これを恨んだ狐は怨念をその身に溜め込んだ。

 そしていつしか狐は一つのマジックアイテムになった。

 その効果は『神を封じ怨念を吸収させる』

 それが『狐の悪戯』というマジックアイテムだ


 このマジックアイテムはどんな形にでも姿を変えることができる。まるで化け狐のようなものだ。

 それを管理していたのは歴代桜舞君主。


「つまり『狐の悪戯』を使って、そしてそこにまた魔術を込めてあそこに閉じ込めている、と…こりゃぁ僕じゃどうしようもないな」

「誉は魔術に関してはからっからだしな。俺でもマジックアイテムは壊すのに力を使うしな…それに黒魔術の、だろ?じゃぁ俺もお手上げだわ。翠雨は?」

「あんたが無理ならあたしも無理に決まっとるやろ。多分、桜舞君主しか無理とちゃう?」

「はい。恐らく私しか無理かと。解除するには私が龍昇桜の元へ…ですが」

「満開祭の最中だから、近くに衛兵がいるのか…」


 誉の先読みに繚乱は頷く。

 この国で繚乱の味方は少ない。

 衛兵も勿論家臣たちの仲間だ。

 満開祭の最中、衛兵たちは各国から集まる観光客の警備を任されている。だがそれは結局言い訳であり、龍昇桜…もとい水龍神の『祟り神』化を邪魔されないためにいるのだろう。


「…衛兵がいなければいいんだろう?」

「えぇ、いや、近づくことさえ出来たらいいのです。あとは遠距離魔法でどうにか出来ますので…」

「ふむ…あのしめ縄を…『狐の悪戯』を壊すのか…んー」


 とそこで誉が完全に考え込んでしまった。

 だがその手は止まらない。

 誉はせっせと持っていた荷物から先ほど成長させていた枝を取り出した。先ほどよりも大きくなっている枝をどう鞄の中に入れたのか、謎が深まるばかりだった。

 そしてまた青い炎が枝を包み込んだかと思うと2種類の長さの綺麗に切られた木材が現れた。

 彼は慣れた手つきでそれを加工していき、いつのまにか一枚の細長いキャンバスが出来上がった。

 鞄から次はイーゼル、パレット、筆、絵の具の入った瓶を収納するバッグが出てくる。

 もうこれは四○元ポケッ○じゃないのか。


「お、今日は調子がいいな。あられ、もうこのままここにいとけよ。多分一騒動したらすぐ配達できると思うぜ」

「へ?あ、今日はすいすいーな誉さんですか?じゃぁそのまま…あ、蛙生総部長…」

「ん?アタシのことは気にしんくていい。今日は午前出勤の予定やったさかい。午後からこんな経験できて嬉しいわ。ありがとうな」


 大きな手のひらが頭に乗っている笠を避け、あられにゆっくり、優しく触れた。

 あられは褒められたり、感謝されたり、頭を撫でられたりするのが大好きだ。

 特に翠雨や誉、ブランカや影冥にされるととても喜ぶ。

 この2人の関係を知らない者からすれば、恐らく親子に見えるのではないだろうか。

 そんなことを桜咲はぼーっと見ていた。


 繚乱は知らないだろう、桜咲は繚乱が実の母親ではないことを知っていることを。

 桜咲はあまり繚乱に頭を撫でられることなんてなかった。

 はじめて撫でられたのはほんの数日前。

 城から抜け出す時に落ち着かせるためにだ。その手に暖かさなんてものはなかった。ただ、落ち着かせるためだけの手だった。

 だから、ほんのちょっとあの2人が羨ましかった。


「…桜咲さん」


 ブランカの声が聞こえた。

「はい?」と聞く前に頭に何かが乗った。

 すごく重い。でもあったかいものだった。そして…


「むぎゅ」

「あ、大丈夫ですか?」

「むふぃ、ふぁふぃふぉふふふぇふ」

「大丈夫じゃないですね」


 頭からスッと熱が離れ涼しくなる。

 まさかのチルベが乗っていたのだ。そりゃあついわな。


「…あの、私にはあまり親子の関係について理解していませんが、形はどうであれ、今の桜咲さんのお母様はあの方なのですから。褒められたり、撫でられるだけが愛情ではないのだと思います。あなたの知らないところで、あのかたはあなたのことを守っているはずですよ」


 そう言われた。

 幼い桜咲ではブランカの言っていることは少ししか理解できなかった。

 でも、これだけは分かった。


「そっか、いつも…」


 桜咲はたっと走りだし、ぴょんと跳ねて繚乱に抱きついた。


「桜咲、驚いたじゃない、どうしたの?」


 繚乱は無意識にその頭を撫でた。

 彼女の手は冷たい。でも、どこか暖かかった。

 どんな形であれ、彼女にとっては母親なのだ。


 ブランカはそれを見てそのままチルベの小さな肉球をぷにっと触った。

 そしてなにか感じたのか誉の方を見る。

 ナイスタイミング、というべきだろう。誉がガタンと立ち上がった。


「おうおう、何か思いついたか?」


 影冥がそう聞くと、誉は今年一番の悪い顔でこう言った


「ただ壊すだけじゃ面白くない…一芝居しようじゃないか」

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