第17話 気絶寸前 影冥荒れる
誉は今起こったことが一瞬のことで、理解に苦しんだ。
まず第一に唇に触れた柔らかい感覚。
マシュマロやお餅などとは違う感触…どちらかといえば綿飴だろうか?今にも消えて無くなってしまいそうなほどの感触だった。
この感触は『前世』では何度かあったものの、『今世』では全くのはじめてだった。
つまりはじめてを取られてしまったのだ。
誉だって16歳の男子だ。まだまだ若いし勿論下心だってある。
だが自身のはじめてを渡す相手はもう決めていたし約束もしていた。
なのに、だ。
何十歳も離れた女性に…それも一つの国の王に取られてしまったのだ。
ショックすぎて何を考えればいいのか分からなくなってしまっていた。
なんなら気絶寸前だ。
第二に砂煙が引いた後、声にならない悲鳴をあげた影冥が全力で桜舞君主を誉から引き離し、珍しく慌てた翠雨が水魔術で水を作り出し、それを誉の口の中で洗濯機並みの勢いで口を洗われている。なんなら唇も凄く洗われている。
そのせいでも気絶しそうだし口の中が高速回転している水のせいで息も出来ん。
多少入ってくる水がどんどん溜まって増えるせいでお腹がどんどん膨らんでいく。
色んな意味で辛い。
本当に、なんでこんなことになったのか理解ができない。
まず相手が何歳上だとしても女性に押し倒されるとはどれだけ自分は弱いんだと。
まぁ、男子にしては誉は痩せてるし、影冥曰く「誉はヒョロガリだ。触ったら折れそうなほどだよな」と笑顔で応えた。
はてさて、気絶寸前の誉を翠雨やあられに任せて、ブランカは怒りのあまりに暴れまくっている影冥を光で作った檻の中に閉じ込めていた。
「いい加減落ち着いてくれませんか。今ここでその火魔術を使われたら困るのですが」
「うるさい!いいからここから出せ!俺は起こってるんだ!相手が一国の王であろうとなんであろうと俺は許さん!俺の誉に!俺の恋人にキスしやがって!丸焼きにしてやる!」
「師匠はあなたの恋人ではありません。勝手にそんなこと言わないでください汚らわしい。チルベの餌になりたいのですか」
「いくらお前に脅されたかって今の俺は従う気はないぞ。俺の誉のはじめてのキスを奪いやがったんだ。生焼きじゃだめだ。炭になるまで焼いてやる!」
さっきからずっとこの調子だ。
影冥は我を忘れて怒り狂うわ、やれ丸焼きだの、やれ生焼きなどずっとほざいている。
それにため息をついて呆れたブランカ。
その隣で影冥から溢れ出る魔力の多さに苦笑いするしかない命。
本当に現場はカオスというかなんと言うか、おかしな状態だった。
影冥は誉のことを恋人だったり言うが誉は否定している。
誉は男同士なんて興味ないし心に決めた人もいる。
影冥のことは幼馴染であり親友だと思っているがそれ以上の感情は湧いてこない。
「ごぼっ、ごぼごぼ…ごぼぼ!」
「え、あかん!先生が溺れとる!」
水中にいないのに溺れ死にそうな誉にようやく気がついた翠雨。
それにすぐさまあられが言った
「蛙生総部長。さっきからずっとですよ」
「まずい、本気で三途の川が見えた…げほっ。まさか翠雨さんに殺されかけるとは…」
「アタシもつい夢中になってやってもた。いや、まさかあんなことになるとは思いもせんかったさかいパニクってもた。ホンマ堪忍な」
「うぅぅ、口ん中水で痛いな…っつぁ、あ?あー、んん、うん。もう大丈夫なはず…さて」
まだ少し違和感を覚えながらも誉は身軽に立ち上がって荒れている2人に目もくれず畳の上で座り込んでいる君主と桜咲に近づいた。
桜舞君主はまだぽーっと誉を見ている。
どうやらまだ夢の中のようだ。
だがそんなことはお構いなしに誉は話しはじめた。
「僕は龍昇桜について聞きにきたんだ。桜舞君主。あなたは歴代君主の中でも相当な魔術の使い手だろう。なら、水龍神の魂をあそこに束縛する、なんてことが出来るんじゃないかい?」
「…」
黙っている桜舞君主。
誉は一刻も絵を描きたいし真実を知りたい。
誉の目は本気だ。
どんな手を使ってでも真実を描く。それが『合歓木』だから。
まぁ、だからと言って人を殺すことなんてしない。ただ聞いているだけだ
すると桜咲がキッと誉を睨み、叫びのように言う。
「は、母上をいじめないでください!なんで母上を責めるのですか!母上は何もしていません!ただ脅されたのです!何も知らないあなた方が何を知っているのですか!」
「知らないのは君だろう、幽閉の姫君。世界中でも桜舞君主の魔力や魔術の才能は有名だ。旅をしてその国に長い間とどまることのない僕でも知っている。龍昇桜のことに関しては調べたし、命が事実だと言ってくれたからな」
「んな!あなた、桜華命龍姫様のことを愛称で呼び捨てとは!無礼じゃないですか!」
「僕は尊敬する人以外さん付けとか敬語とか使わないからな。一国の王であろうと神であろうと僕は態度を変える気はない」
すんっと全く表情を変えずそんなことを言った。
それを命は呆れた顔で呟く
「…なんと言うか、流石じゃの、『合歓木』先生は」
「錬金術師において等価交換は息をするのと同じくらい重要だ。その中において僕の先祖である瑞花エレンはその平等の中に人はないのかと言った。そして彼は国の王の前でこう言った」
「人が全てのものに価値をつけ、天秤に乗せるのならば、どの立場であれ人と人の価値は釣り合ばなければならない、ってね」
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