第16話 命の神力 変わらぬ態度
「…桜華命龍姫様と、神主様…それから…?」
恐る恐る聞いてきた少女はお姫様とは言い難い、どちらかといえば庶民のような姿で邑楽桜咲は出てきた。どこか出かける前だったのか手にはボロマントと手包がある。
恐らくそのどこか、はあられに会いに行く場所で、その手包はあられに届けてもらう荷物だろう。
完全に警戒しきっている桜咲にあられが先に言った。
「お久しぶりです。摩多羅堂配達部門『雨上り』所属の七下雨あられです。本日はご指定の時間、場所ではありませんがお許しください。本日はお約束通り、邑楽桜咲様のお荷物をお届けするためだけでなく、摩多羅堂社長と『雨上り』の配達員長。そして関係者のものと邑楽様に御用がありこさせて頂きました」
それに桜咲は慌ててこたえる。
「あ、ありがとうございます。えっと、それで桜華命龍姫様は、なぜここに…」
「儂はお主の親に会いにきたんじゃ。内密の話じゃ、中に入れてくれんか?」
「えっと…」
チラッと中を横目に見た。
どうやら中には彼女がいるのだろう。
だが自身から出てくることはない。下手に外に出て仕舞えば、いくら監視魔術の効果範囲外だとしても、入ってしまう可能性がないわけではないからだ。
なかなか答えない桜咲に軽くため息をつき命は「すまんの」と一言言ってからずいっと中に入り言った。
「なぜ儂がお主を訪ねてきたか、分かっておるのではないか?邑楽繚乱!」
ビリビリと命の強い言葉が家の中で響き、今にも雷が落ちてきそうな勢いだった。
彼女は命を司る神だが、持っている神力は別に命に関係するといえばするし、しないといえばしなかった。
基本的には治癒能力を得意としているが、彼女は怒れば怒るほど自身の活動範囲近くに雷雲を発生させてしまう。感情が揺れ動くと簡単に発生してしまうため、首につけている青い球体が神力の動きを捉え抑えているのだ。こうでもしないとそこらじゅうに雷が落ちてしまう。感情に釣られてしまうところは神としてはまだまだ未熟だとよく知っていたが、今回は意図的に神力で空気中を痺れさせた。
それは一種の彼女なりの警告だと言ってもいいだろう。
誉はその空気になんとも思わずヒョイっと中を除いた。
中はとてもシンプルな和風の家だった。
釜戸に囲炉裏、風呂と厠があるであろう奥の扉。収納棚に押し入れ、そして勉強机に化粧台。とても綺麗な状態だった。
部屋の奥ではビクビクとボロ布に包まっている人物がいた。
顔は布で見えないが恐らく桜舞君主だろう。
桜咲はぱたぱたと走り親に抱きついた。
そして今にも泣きそうな顔で言う。
「桜華命龍姫様、母上は何もしていないのです!お助け下さい!」
「別に何かを取り調べしにきたわけではない。お主には2人の客がおる。1人は儂。そして…」
「もう1人は僕、かな」
誉はザッと音を鳴らして中に入り、相手がこの国の王でありながらも、いつもと変わらない口調で自己紹介した。
「はじめまして、桜舞君主・邑楽繚乱。そしてその《姪》、邑楽桜咲。僕は瑞花誉という。世界中を旅するただの絵描きだ。そうだね、ペンネームでは、『合歓木』と名乗っている。今日はあなた方に隠している真実を聞きにきたんだ」
『合歓木』と言う名前を聞いて桜舞君主は顔の見えないフードから桜桃色の目を一杯開き、ゆっくりと立ち上がりふらふらと誉に近づき、そして…
「あの龍昇桜について…って、え、あ、ちょっ、うわぁぁ!」
勢いよく飛びついてきた彼女にいくら誉でも驚き避ける反応が遅れてしまう。
どっしーーんと砂埃が舞い、皆は目と口を守る。
影冥はゲホゲホと咳き込むもすぐに誉の安否を確認するべくブランカを呼んだ。
「ブランカ!風!風で砂埃消せ!」
「分かってます…大地を巡れ、世界を渡れ。『慈悲の風』」
そう言うとすぐに優しい風が室内に巡る。
すぐに砂埃は消え去り、みえたのは…
「誉!大丈夫か…っっ!!誉ぇぇぇぇぇ!」
影冥の悲鳴が響き渡った。
それに気がついた翠雨はすぐさまあられの目を塞ぎ、神主は命に「龍姫様。無礼をお許し下さいませ」と言って視界を防いだ。
まぁ、それはしょうがないだろう。
なんて言ったって誉はフードを脱ぎ、その素顔を表した桜舞君主に押し倒され、君主はその上に乗っている。
だがそれだけで影冥が叫ぶはずがない。
誉も桜舞君主も目を見開きお互いを見つめあっていた。
2人とも驚きを隠せないのだろう。なんて言ったって…
誉の唇が、桜舞君主の唇と重なっているのだから
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