第12話 命の女神 苦味


 ブランカの淹れたコーヒーはとてつもなく苦い。



 どのくらい苦いかと聞かれたら大の大人でも泣きながら砂糖とミルクを入れるくらいだ。

 だが残念ながらブランカは全く苦くないと思っている。

 影冥は渡されたコーヒーにミルクとドバドバと入れ、命の分にも同じくらいの量を入れた。誉はというと影冥入れた倍の量を入れ、そのあと続けて角砂糖を蟻でも窒息死するレベルで入れまくっていた。逆に他の人が飲んだら甘すぎて吐くだろう。何たって砂糖の塊を飲んでいるようなものなのだから。


 誉も命も落ち着き、命が話し始めた。


「儂は桜華命龍姫さくらのはなめいりゅうひめの名の通り、この桜舞に生まれた命を司る龍の姫じゃ。数多くの魂を正しき場所に送り届けることをしておる。この『鱗月の湖』は父上の木を守る空間じゃが、儂の木にも守るための空間が存在する。そこに桜舞に住まう魂が集まって来て、送っておるんじゃ。そのせいじゃろうな。儂の知名度が低いのは。儂は基本的にその空間に閉じこもっておったんじゃ。いわゆる箱入り娘というやつじゃ。そのせいで儂の存在を知るものは龍華神社に通っとるやつだけじゃ。父上の魂が昇天されきっていないのに気がついたのは父上が亡くなってから数日後じゃった。まず紫水桜が消えていないのに気がついた。その後確認をしたら儂の空間にも来ておらんかった。だから一度外に出てみたんじゃ。そしたら何ということか、父上が死んだにも関わらず国民は亡骸を祀っているんじゃからな。それが縛りとなって昇天出来なくなっておった。よくよく調べてみたら、父上の亡骸…あの龍昇桜に巻きつけられたしめ縄に気がついたんじゃ。あのしめ縄、桜舞君主の魔力が込められておる。それも、ドス黒いのが」


 そこで少し沈黙ができて、コーヒーを啜る音さえ無くなった。

 完全に思考をフル回転させている誉と、何かをメモっているブランカ。思考停止している影冥。

 その坂で最初に喋り出したのは影冥だった。


「つまり、元凶は桜舞の王ってことか?どこの国のトップも似たような性格してるな」


 だがそれには反応せず、誉はブランカの方を向いて言った


「ブランカ、桜舞君主の情報を全て出してくれ」

「検索しています。少々お待ちください…出ました」


 出たのは一瞬だった。

 携帯も出さずにどうやって調べたのか、それとも自身の持っているデータを引っ張り出して来たのか、それは彼女しか理解できないことだ。


邑楽おうら繚乱りょうらん。第192代桜舞君主。42歳。桜色の髪にスラリとした体付き。桜桃色の瞳に睨まれたものは鬼でも気絶するほど。歴代君主の中でも最も神を信仰している。現在跡取りはおらず血縁から時期当主を探している最中。

 ここからは非公開情報です。実は一人娘がいる。名を邑楽おうら桜咲ささ。10歳。現在表には出たことがあらず公表されていない幽閉されている。桜舞君主は表での名前のみ。殆どの政治は家臣が乗っ取っている。だがそれは君主がサボっているわけではなく君主自体も囚われの身だからである…なっがたらしい文章を要約するとこのような感じです。他にも情報を探りますか?」

「いや…邑楽桜咲の父親を探れ」

「分かりました」


 そしてそのまま黙ってしまったブランカ。

 影冥は衝撃の連続続きで何が何やら状態だったが、ここで一つ手を挙げた。


「なぁ、誉。俺その邑楽桜咲に心当たりがあるんだが…」

「…何でお前が?」

「いやぁ、仕事でちょっとな、その確認のために七を呼んでくれねぇか?」


 そこで一瞬で疑いの目をかけられる。

 今日部下をこき使うなと言ったばかりだったのだが…

 だが誉は躊躇なくあられを呼ぶために貰っていたてるてる坊主を手に持ち呼びかけた。すると…


「誉さん!お呼びですかー?」


 どこからともなくいきなり現れたあられ。

 誉やブランカは毎回この登場を見ているがどうやったらこうやって現れるのか気になっている。水属性の魔力でもこんなことはできないだろう。これが摩多羅堂の新技術なのだろうか…


 誉はあられの頭を撫でながら言った。


「すまないね、ちょっと調べ物をしていてさ。影冥が君を呼んで欲しいって言って」

「そうなんですか?あ、そうだ。先に別件いいでしょうか?」


 そう言ってまた荷物をドシンと地面に置き、中身を漁る。そして出て来たのは…またもや人だった。

 その姿は影冥はとても見覚えがあったし絶望の未来しか見えなかった。


 ポニーテールにしているのに膝あたりまで深緑の髪が伸びていて、少し焼けたくらいの肌にメガネをかけ、その奥では太陽の如く輝く黄色の瞳が鋭く影冥を見ている。

 170cmはある身長に黒のパンツに今にも折れそうなほどのハイヒールを履き、革ジャンを肩にかけている。

 いかにも女性ながらのイケメンオーラを放っており、上司らしい風格をしている。

 そしてその薄い唇から放たれたのは影冥の胸に刺さるくらいの強い言葉だった。


「自分の部下をこき使うとは、えぇ度胸をしてるやないかい?えぇ?どういう度胸でアタシの可愛い部下を脅しとるんですか?影冥社長さんや?」


 蛙生翠雨は神をも殺す勢いの笑顔でニコッと影冥に笑いかけたのだった。

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