第11話 創造 トラウマ
「折って来たぞ!」
と言って帰って来たのが『鱗月の湖』がある空間を出て行って2,3分ほどのことだった。
頼んだのは誉だがこうも元気よく自身の父親の角を折ってくる彼女を見たら少し恐怖を覚えてしまいそうになる。こう言うのは敵に回してはいけないというお決まりがある。
3人の中でその決まりが追加されたのだった。
命がお…とって来てくれたのは太くて丈夫な枝だった。
あまりバレなさそうな場所から取って来たのだろうか、一応満開になった時にされる祭りなのだがこの枝にはまだ蕾がついたままだった。
「命、ありがとう。使わせてもらうよ」
「うむ!父上のためじゃ、そのためなら父上ごときいくらでも折ってやるぞ!」
「象徴の桜はダメなのにな…」
さて、誉はこの絵枝からどうやってキャンバスを作るのか、気になっているだろう。
これもまた錬金術を使う。
錬金術と魔力は別物。
アブソリュートの錬金術師がそう言ったそうだ。
何十年も前の宣言だからかそれが事実なのか調べるコネサンスの学者もいた。
どうやら本当に別物らしい。
魔力は火、水、風、光、闇。
錬金術は火、水、大地、生命など、どちらかと言えば創造する力だ。
誉はそのうち大地と生命を操り出した。
するとまた青い炎が出て来たかと思うと枝を優しく包み込み、そして急に枝が成長して丸太くらいの大きさに変化した。
「すごいもんじゃのぉ。魔力も錬金術も大して何も出来んと思っておったがここまで出来るとは。錬金術は奥が深いの」
「そりゃぁね。この世界には魔女よりも錬金術師の方が多いくらいなんだから。研究も進んでるしより万能になってる。材料があればほとんどのことができるからね。例えば今のだってこの木があって水と酸素、それから日光の代わりに僕のアホほど微量しかない聖力をぶっ込んで成長という過程が一瞬でできたんだから。絵の具の方もそう。色を出すための花びら、それから絵の具にするために必要なものを全部ぶち込んでできた液体を入れてできたんだ」
「じゃぁ、やろうと思えば人だって作れるのか?」
その言葉に息が詰まった。
とある人物の顔が思い上がり誉の顔が一瞬にして青ざめる。
心臓がうるさいくらいに鳴り響き、周りの音が聞こえなくなって来た。
人を創造、作り出すのは錬金術師にとっての大罪だ。各国の法律でも定められていて錬金術師なら…そうでなくても知っているくらいだ。
だが、何も知らない『《やつ》』が言った言葉がどうしても脳にこべりついて離れない。
これがトラウマというやつなのか、それとも…
すぐに誉の異変に気がついた影冥が駆け寄ってくる。
「…ダメだな、ちょっとの間そっとしておこう。ブランカ、コーヒーかなんか入れてくれないか?火は出すし」
「大丈夫です。錬金釜でやります」
「俺の気遣いを返せ」
影冥は強張っている誉の背中に手を置いた。微かに震えているのがわかる。だがそれが恐怖からなのか、それとも怒りからなのかは彼には分からない。
ただ支えるだけ。何があってもそうすると影冥は決めているだ。
「わ、若社長、何で『合歓木』先生は硬直しておるのじゃ?儂は何か言ってはいけないことでも言ってしまったのか?」
何も知らない命は、いきなりこうなってしまった誉に動揺を隠せない。
涙目で影冥の来ている袖を引っ張り誉の方を見ている。
「…少なくとも、これはお前のせいじゃない。これは昔っからなんだ」
影冥は申し訳なさそうな顔でもう片方の手で命の頭を撫でた。
「俺も昔、お前とおんなじことを聞いたんだ。子供の頃だからただの興味本位で悪気もなかったし、何も知らなかったんだ。でも、すぐに誉の具合が悪くなった。それ以来かな、一定の言葉が出てくると体調を崩すか、こうやって固まっちまうんだ。まぁ、何となく、なんでこうなるのかは、想像できるんだけどな」
彼は誉の『前世』を知らない。
ただ、誉の生い立ちをある程度知っているだけだ。
それは彼から聞いた物であり、影冥が勝手に他に伝えることはない。誉は本当に信用できる人物にしか自信の生い立ちを説明しないからだ。
「なーん」
珍しくチルベが鳴いた。
ブランカの頭から降りて、すりすりと誉の手に頭を擦り付けた。
そこでようやく我に返った誉が困ってチルベの喉元を触ってやる。
グルグルと気持ちよさそうに喉を鳴らして、満足したのかそのまま座り込んだ膝に座った。
「…あ、命、すまない。ちょっと嫌なこと思い出して」
「!気にするでない。儂も軽率に聞きすぎた。そうじゃったな、人間界では蘇生は禁忌じゃったな」
「特に錬金術師の中じゃぁね」
「…そういえば、お主の祖先も傲慢王女のその願いを断ったと聞いておる。そこから『錬金術師殺し』が始まったと…じゃが、殺された錬金術師は誰1人としてお主の祖先を恨んではおらんかった。相手が王女だろうと、その魂を貫き通したことが、奴らにとっての幸せなのじゃろうな」
命はまるで空を眺めるように上を向き、青く水面が映った天井を見ながら言った。
「儂はの、美しい魂が昇っていくのを幾度も見て来た。今もなお絶えずして必ず魂が昇って逝っておる。あの時、アブソリュートから昇っていった多くの魂を幼いながら見ておった。その殆どが美しく、光り輝く魂ばかりじゃったよ。じゃが、あの時の儂はあまりにも幼すぎた。魂の群れが昇っていくのが怖くて、見ていられなかったのじゃ。命を司る神に生まれたのに、のぉ」
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