第10話 瞬きを許さない 折る

『合歓木』の使う画材は、彼の担当をしている銀葉ぎんようでも知らない。

 知っているのはブランカと影冥、そして一部の人物だけだった。


 その中でも彼が使っている絵の具は人々が探しても見つからないような色をしている。

 彼の使う色は自然界にそのまま存在するような、人の手では表しきれないような色が存在している。

 その理由は簡単だ、と誉は言った。


「僕の使う画材は全て一品ものだ。筆も、パレットも、イーゼルもね。でもそれ以外のやつはその場で作ってる。例えば…絵の具なんかは自分で作っているんだ。え?岩絵の具?いやだよ、粉砕するのに時間がかかるじゃないか。簡単だよ。僕は錬金術師でもあるんだからね」


 例えば、林檎を描こうとしよう。

 他の絵師はその林檎の色に合うように色付けをし、完成させる。

 一方誉はただ単に既存の色を使って塗るのではなく、林檎の皮をせっせとむき、皮、実、茎と分け、それを分けて錬金釜にぶち込み、それぞれ皮の色、実の色、茎の色と作り出し、それを使う。

 特に強調したいものはそうやって色を作る。

 今回使うのがその龍昇桜の花びらで、それを鱗と知った時にもう使うと決めていたのだ。


「うん、綺麗な色だね。前より想像力が良くなってるし、魔力の注ぎ方も上手くなってる。絵の具本体だけじゃなく瓶の方にも意識ができている。上出来だ。この調子で作ってくれるかい?」


 ブランカが作り上げた一番目の絵の具を見て誉は嬉しそうに言った。彼女の成長が嬉しいのだろう。褒められた張本人はやはり表情を変えない。鉄壁、お面、などと言われるブランカ。だが彼女の空気はとても嬉しそうな、暖かい雰囲気を出していた。

 その隣で命は出来上がった絵の具をじーっと見つめていた。そしてぽつんと独り言のようにいう。


「父上と同じ髪色じゃ…」


 一瞬髪色と言われてうん?となんてしまったが、彼女も本来の姿は龍であって別に人間の姿だけではない。勿論彼女の父も龍だが人間の姿にもなれるだろう。何ら不思議なことでもなかった。


 その姿を見て誉は薄く笑い、自身の作業に戻った。

 とって来た、100枚以上もある鱗を全てその場に出し、ブランカも使っていた液体を大量に入れる。両手を地面につき、力を込めた。そして次の瞬間真っ青な炎が現れたと思ったらすぐに消え、ブランカが作ったような、瓶に入った絵の具が出来上がった。それも大量に。彼女のものと少し違うところを探せば、それはきっと絵の具と同色の叶結びがついていることくらいだろう。

 これは一瞬の出来事だった。

 瞬くことも許されないスピードで蒼炎が現れ、消えたかと思いきや完成品が出てくる。恐らくこれは…


(『前世エレン』じゃ出来なかっただろうな)


 そしてそのまま誉は命の方を向き、こう言った。


「命、お願い事があるんだけど…いいか?」


 少しの間ぽけーっとしていた命はハッとしてなんじゃ?と聞き返した。

 まぁ聞いてなかったなと予想はしていたのでうっすらと笑い、


「お願いがあるんだ。というか、許可が欲しいんだ」

「ん?なんじゃ?儂に出来ることなら何だって言ってみるといい。父上の桜をとれたなんてお願い以外だけじゃがな!」

「…」

「なんじゃ、その怖い沈黙は…まさか…父上の桜の木を取れというのか!?」


 なぜか汗をかき黙る誉に青ざめて距離を置く命。

 それに慌てて否定する


「違う!違うんだ!ただ水龍神の木がダメなのならこっちもダメなのかなと思っただけだ…勘違いさせて申し訳ない。えっとだな、僕が欲しいのは龍昇桜の花びら以外の一部…つまり木の枝が欲しいんだ」


 そういうとますます命の顔が青ざめる。


「お主!娘である儂にそんなことをさせるのか!父上の角を?折れとな!?」

「枝って角なのか…なら根っこは?」

「尻尾と爪じゃわ!何に使うんじゃ!まさか、有名な『てんばいやー』なのかお主!そうはさせんぞ…父上のことは何としてでも儂が守るんじゃ…」


 完全に警戒し切った命に本気で慌てる誉。

 それを見ていたブランカと影冥が2人合わせて呆れたため息をつき、影冥が言った。


「誉が欲しいのはキャンバスの材料だ。布を張るための木枠が必要なんだ。出来れば龍昇桜の木を使いたい、ってことじゃないのか?誉」

「そういうこと。ナイス影冥」


 今回は誉が悪いのだろう。何に使いたいか。それをいうタイミングを間違ってしまったがために誤解が生じてしまったのだ。

 誉はすぐに言葉足らずだったと謝り、もう一度頼んでみる。


「僕は、キャンバスも基本的にその場で作ってるんだ。出来ればその土地に、その絵に合うような木で作ってる。だから、無理を承知でお願いだ、命。どうか僕に龍昇桜の枝を少しもらえないだろうか」


 ようやく納得したような様子の命。

 彼女はニコッと笑って言う


「勿論じゃ。そのためなら父上の角だろうと爪だろうと折ってやるぞ。勿論骨でもいいぞ?どれだけいる?10本?20本か?」

「多い多い!一本で十分だ!本当に細い枝だけでいい!また僕は錬金術でどうにかするから」

「うむ、任せるといい!ちょっと父上の角を折ってくるから待っておるのじゃぞ」


 そう子供のような無邪気な笑顔でとんでもないことを言い、鳥居を抜けてどこかへ行ってしまった命。

 案外彼女は親相手でも容赦しないのかもしれない。

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