第7話 象徴の桜 瞬き

 黒く歪んだ湖の底。

 その近くには花びらのない桜の木の根。

 まるで少しずつ桜の木に侵食されているようだった。


 全くついてこない3人にようやく気がついた命がその姿らしい仕草で呼びかけた。


「おーい!こっちに来るんじゃ!でないと置いていってしまうぞー!」


 ようやく我にかえった3人はハっとして命を追いかけた。

 だがそれでもこの光景には声が出ない。

 まぁそれでも3人とも考えていることはバラバラで、影冥は普通に驚いているしブランカはどういう仕組みでこの空間が成り立っているのか気になって仕方がない。誉はやはり黒い何かのことをずっと考えていた。


「お主ら、しっかり前を向いて歩かんか。そんな惚けておったら足を滑らせて頭を打って死んだら元も子もないぞ。そんなので血を流して父上の木が血染め桜になるのは見たくない」

「父上の…水龍神の木?」


 惚けていた、というよりかは完全に考えこんでいた誉がすぐに疑問を抱いた。

 水龍神の木はあの龍昇桜ではないのかと。

 だが返って来たのは『前世』をもつ誉でも知らない知識だった。


「神にはそれぞれを象徴する植物が存在する。例えば父上は紫水桜しすいざくらという水中に根を張った桜。儂は白命桜はくめいさくらという雪の如く真っ白な桜じゃ。国民たちが呼んでおるあの龍昇桜は父上の象徴ではなく父上の成れの果てじゃ。人間が生み出した創造のもの、とでも言えるかの。とにかくそんなものじゃ。そしてあそこに立っておるのが父上の桜じゃ。花が全て枯れちっておるじゃろ?じゃが根は張り続け木は堂々と立っておる。あれが父上が昇天できていないという証拠じゃ」

「…まるで、木が崩れて消えていく姿を見たことがあるような口ぶりだね」


 誉がそう言ってみると命は笑顔は絶やさず、だが悲しそうな瞳で、声で言った


「父上が亡くなる何年も前に母上が亡くなったんじゃ。母上は美しいお方じゃった。母上が亡くなった後、少し立ってから象徴である縹藤はなだふじが花びらの如く消え去っていった。その時は跡形も残らずに、な」

「すまない。君を悲しませるつもりはなかったんだ」

「うぅん。いいんじゃ。いいんじゃよ。それを思うとやはり、父上を何としてでも助けなければならないと思わせてくれるからの」


 誉も、『前世』の時に家族を失ったことがある。

 その時は悪名高い王女につまらない理由で両親を目の前で殺された。

(なんて言ったっけな…あぁ、そうだ、肖像画が大きくなってから気に入らないとかいって処刑されたんだっけか。今思ってもただの悪女じゃないか)

 結局、自身もその王女の命令で処刑されたわけだ。

 あの時は怒りで我を失いかけた。

 あまり感情を表に出さなかった『前世』でも、やはり親を失うのは辛いことだった。


 するとブランカの頭でさっきまで寝ていたチルベが目を覚まし、いきなりシャーッ!と声を荒げた。

 だが今回は命に対してではなさそうだった。


「チルベ?どうしたんですか?いつにも増して機嫌が悪い…さっき食べた桜焼きが悪かったんですか?それともネジをあげなかったから?」

「何で猫がネジを食べるんじゃ?というかそれ以前にそいつは本当に猫なのか?どうみてもロボットなんじゃが…」

「命、それは神である君でも知っちゃいけないことだ。頼む」

「む?そ、そうなのか…?」


 うんと3人は頷いた

 神でさえも知ってはいけないこととはどんなことなのだろうか。

 この猫の謎が深まるばかりだ。


「うーむ、なんか納得いかないような…まぁよい。恐らくその猫が…」

「チルベです」

「そう、そのチルベがなぜ威嚇しているのかというと先ほどから『合歓木』先生が見ておったアレのせいじゃろう。アレは、人々の願いの塊が、父上の怒りによって怨念に変わった姿じゃ。あの怨念がこの湖の底に溜まり、父上の桜の根がそれを吸収しとるんじゃ。じゃがもうそろそろそれも限界での、この木に蕾がなり、開花すると父上は『祟り神』に堕落する。満開になるともうそれは止められなくなってしまうじゃろうな」


 そう言って命はその湖の上を歩き始めた。

 これは彼女が神だからなのだろうか、それとも摩訶不思議な空間だからだろうか。まるで水面の時だけが止まっているかのように見えた。

 そして彼女は父の木の下まで行き、その小さなてで幹を撫で、悲しそうに見上げた。


 まさにその瞬間だった。

 誉の全身に、脳に、パチパチッと光が煌めき、瞬いたのは。

 色とりどりの光が瞬き、誉の中で真実の絵ができあがり始める。

 無意識のうちに彼は指でで四角を作り、自身の脳内にある絵のピースにぴったり当てはめるように画角を探し始めた。


 それを見ていたブランカと影冥は、彼が今どんな状態なのかすぐにわかった。伊達に彼の弟子と、幼馴染を名乗っているわけではない。

 誉には次、話始めるまで声をかけてはいけなかった。

 邪魔もしてはいけなかったし視界にも極力入ってはいけなかった。

 だからこそ、2人はそれぞれのやるべきことをやった。


 今はただ、彼を裏から支えることしかできないから。

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