第6話 規格外 鱗月の湖
「『鱗月の湖』はよく父上が戦さの傷を癒していた場所じゃ。あの場所は桜舞君主でも知らんじゃろうな」
カランコロンと下駄を鳴らして命は足場の悪い岩の道をずんずん歩いていく。
対して3人は慣れない足場に警戒しながら歩いていた。
先ほどいた場所から離れ、祭会場からは余計に離れ人の気配が全くないような場所に連れてこられた。
海の近く。
真っ赤な鳥居がまばらに建てられた場所に連れて行かれたかと思いきや、ぐるぐると鳥居を回っているといつのまにか薄暗い洞窟の中にいた。
恐らく決まった順番に入ったら別の空間に移動できる、と言うやつだろう。
実はこの空間に入ってから歩き始めるのに大分時間がかかった。
その理由は誉とブランカの師弟コンビのせいだった。
誉は錬金術師としての追求心。
ブランカは知識欲。
2人の欲望が重なり合い暴れ回った結果、どう言った仕組みでこの空間につながり、一体何万通りのやり方があるのか。それをわざわざ調べ始めたのだ。
残念ながら待つのに飽きた影冥と命に怒られてようやく歩き出したところだった。
洞窟の奥は青白い光が漂い、進むにつれて明るく、涼しくなっていく。
「まさか龍昇桜が神の死骸とはな。こんなもん公表したらすっごいことになるぞ?いいのか?国の神として国民が荒れるのは避けようとは思わないのか?」
ようやくブランカから事情を聞いた影冥が一番に聞いたのはそれだった。
確かに誉が絵を公表すれば新聞社は必ず食いつきその日の一面を飾るほどになる。
勿論この桜舞にもその情報は行き渡る。
その絵を見たら…この国の人々はどう思いどう動き出すのか。
実は誉の、『合歓木』の絵は別名『真実の鏡』『禁断の箱』とも呼ばれ、人によれば美しい絵に。人によれば禁忌に見える絵に見える。
人々が誉の絵を確実にそう呼ぶようになったのはとある絵だった。
燃え上がる森の中、1人嘲笑っている王の姿。
だがよく見てみると燃え上がる森の中には獣人と兵士、そして国民がいた。
それを笑って見下す、幾つもの宝石を地面に捨てる王。
それを公開した瞬間、国内だけでなく国外からも王は叩かれ、今まで争っていた人々が同盟を結び、王の首を切った。その後改革として今は国の開拓に移っている。
国を動かすほどの真実を誉は描いている。
そのせいかよく国に呼ばれることがあるが誉は全部切り捨てて自由気ままに旅をしている。基本は行き当たりばったりなのだ。
「うむ、確かに人々が争うのは嫌じゃが…いつまでも父上を昇天させてあげられないのは儂も嫌じゃし、何より儂も死なんためじゃ。神は人からの信仰がなければ生きていけんからの」
「…ん?あれが死骸なら昇天してるんじゃないのか?」
バシコーーーン!
全力で影冥の後頭部を叩く誉とブランカ。
その後ため息をつき誉はチラッとブランカを見て、彼女はすぐに頷き口を開いた。
「神は戦などだけでなく、信仰がなくなっても死にます。ですがすでに死んでいる神を祀るのはこの国では特に禁じられているのです。言ってしまえば禁忌ですね。ですが国民は知らない状態でその禁忌を起こしてしまっている状況です…まぁ、それは置いておきます。この国では死した神を祀ると神は堕落し、怨念を持ちます。それはその後『祟り神』になります。水龍神がそんなことになれば…頭の悪いあなたでもわかるでしょう」
「お前、俺のこと馬鹿にしてないか?お前の方が年…いや、いいや…」
何かを諦めたように影冥はそのまま「すまん」と短く命に伝えた。
それに軽く回って答えた。
「気にするな。それにしてもお主ら仲がいいの。楽しそうじゃな。それにそこの2人は博識じゃ。何でそこまで知っとるのやら。その話はこの国の人間でもそうそう知らんことじゃぞ。知っていてもコネサンスの研究者くらいじゃ」
「僕はまぁ置いておいて、ブランカはコネサンスの生まれだからね。それもとても博識だ。僕でもこの子のことは尊敬するよ」
「いえ、私はそこまで…ただ本を読み漁って研究論文も読み漁っていただけです」
「本を読み漁ってそこまでいけるのかよ…規格外だなお前ら」
「それならお主もじゃろう。摩多羅堂の若き社長よ。その年齢で父親である前社長を蹴落としその座についた。儂からすれば3人とも規格外じゃよ」
「あのさ、蹴落としたって言い方やめてくれね?一応正式に社長なんだけど?企画書通してみたら反響良くって、そしたら社長の座を頂戴って親父に言ったらくれただけだし。社員も全員納得して就任したからな?」
「その考えがガキの考えじゃないんだろ。今摩多羅堂がここまで有名になったのはお前が規模を拡大しまくった結果だろ。これを規格外と言わずして何というのか」
結局は規格外の集まりというわけだ。
「お、ついたぞ。ここが『鱗月の湖』じゃ。その目でとくとみるが良いぞ。こんな光景、二つとしてないからの!」
洞窟の終着点。
誉たちの目には美しく光り輝く湖があった。
湖はまるで月の光を浴びているようにキラキラと静かに輝き、ほとんど透明に近い水が広がっている。その水面には薄紫色の花びらがいくつも浮いていた。
湖の真ん中には洞窟内とは思わせないほど美しく立派に育った桜の木。
その近くには真っ赤な鳥居が立っている。
ここを絶景と言わずして何というのだろうか。
そんな風景だった。
思わず言葉を失った3人は先にゆく命のことなど気が付かずに立ち惚けた。
だが不審な点が一箇所だけあるのを、誉はやはり見逃さなかった。
湖の奥底に、黒く歪んだ何かがあることに…
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