第4話 職権乱用 気付かない存在

 若き天才・摩多羅影冥またら えいめい


 その容姿はまるで御伽話に出てくる女主人公のようだ。

 美しく光る漆黒の髪は後ろで三つ編みにされ、その髪色は白い肌についている真紅の瞳をより際立たせている。


 世界一の規模を誇る会社、摩多羅堂の若き社長。

 そんな彼は休暇をどう過ごすのか、記者は聞いた。

 すると返って来たのは案外平凡な答え。


「愛する親友と過ごすんだよ。丸一日ね」


      摩多羅堂月刊誌・『OrBiS』より




「おっまえ!まさかあられにわざわざこんな所まで運んでもらったのか!阿呆かお前は!」

「出会い頭なんだよアホって!近くにちょうど七がいたから手伝ってもらっただけだっつうの」


 あられの鞄から出て来た影冥に珍しく声を荒げて誉は叫んでいる。

 そこから数歩離れたところでブランカはあられを非難させ、変わらず無表情で2人の言い合いを見守る。


「職権乱用してるじゃないか!彼女は僕の専属配達員だぞ!あまりこき使ってくれるな!」

「誉の専属配達員以前に俺の部下だっての!七だって快く手伝ってくれたって!」

「そりゃお前が社長だからだろ!頼み事は試されごとって言うだろ!あられみたいな小さい子がお前に逆らえるわけないだろ!」

「だーかーらー!それとは関係なく手伝ってくれたんだって!」

「本当かい?あられ」

「そうだよな、七!」


 選択を迫られるあられは焦ることなく笑顔で言う。


「えっと、社長の命は絶対なので…」


 その答えに誉は手を頭に置き、懐を漁りはじめた。

 そして一枚の紙とペンを出し さささっと何かを書いて三つ折りにし、財布から出した一枚のメラをあられに渡す。


「影冥がすまなかったね。この紙は蛙生かわずいさんに渡してくれるかい?あと、これで好きな物でも買って食べな。これで足りるかい?」

「え、あ、私、仕事中なんですが…それにお金を貰う理由なんて…」

「これは僕から君への労いだよ。受け取ってくれ。それとも足りないかい?なら1万メラ…」


 そう言ってまた財布を取り出そうとする誉を急いで止めた


「いっ、1万メラは高すぎます!そ、そのままで大丈夫です!」


 いくら何でも2倍の額を出されては止めるしかない。

 あられはおとなしくそれを受け取り、メラはそっと笠の中に隠し、手紙らしき紙はしっかり『蛙生翠雨かわずい すいう様』と書かれているのを確認し、大きな鞄とは別に首にかけている小さな鞄に丁寧に入れた。

 そして一歩後ろに下がり丁寧なお辞儀をしてハッキリ言う。


「それでは、お荷物はしっかりお届けいたしました。今後もどうぞ、配達係『雨上り』をご贔屓に!またのご利用、お待ちしております!それでは失礼します」


 小さな少女は、てとてとてとっと丘を下っていった。

 それを暖かく見守り、姿が見えなくなったところで誉は先ほどから黙っている影冥を軽く睨んだ。それにビクッとして影冥は恐る恐る聞いた。


「なんで翠雨に手紙なんて出したんだ…?」

「…はぁ、あのな、社長であるお前に逆らえる奴はどれだけいるか自分で考えてみろ」

「えーっと…翠雨と、銀葉と…あと誉とブランカ、ガーバート爺さん。5人?」

「つまり会社内では2人しかいないだろ?だから怒ってもらうために蛙生さんに頼んだんだよ」

「怒られるのは確定かよ…なぁ、ブランカ、お前の師匠はきついな。お前は一緒にいて怒られたことないか?」


 いきなり話を振られたブランカ。

 だがこの時彼女に話を振ったのは間違いだったと後悔する。


「師匠は優しいです。あなたが怒られるのはあなたが立場を無意識に使ってあの子を使ったことが悪かったのです。悪いことをしなければこんなに怒られることはありません。と言うより、私と師匠がせっかく旅をしているのに邪魔しないでください。チルベ、あの人をどかーんと…」

「待て待て待て、それはシャレにならん!誉!ブランカを止めてくれ!」


 助けを一生懸命求めてみたが誉はいつのまにか先に進みはじめていた。

 すぐに2人は喧嘩をやめて彼の後を追う。


「…で、こんな人混み外れた場所で何してたんだ?今は満開祭の最中だろ?龍昇桜は?」

「絵描くために別の場所に行く。詳しくはブランカに聞いてくれ。とにかく目的地に向かおう」

「そうじゃそうじゃ、目的地に行かなければお主は絵を描けないからの」

「うん、多分国のトップからすれば禁忌だけど、僕は嘘を描くつもりはない」

「師匠、龍昇桜の花びらを多く取ってきましょうか?絵の具が必要かと…」

「龍昇桜の花びらなら全部地下の『月鱗りんげつの湖』に溜まっておるぞ?どれ、案内してやろうか?」

「お、そんなとこあるのか?それは気になるな…チビ助、案内してくれるか?…あ?」


 ようやく3人は違和感に気がついた

 一つ声が多いのだ。

 なぜ気付かなかったのか。いつからいたのか。それは3人には理解し難いものだった。


 3人は一斉に下を見た。

 自身より小さな存在がそこにいた。


 その小さな子供は嬉しそうに言った


「お主ら、ようやく気づいてくれよったか。儂にいつ気づくか待ち侘びたぞ」

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