エピローグ

 ボクが華麗に謎の三つ首竜を倒した後、いつの間にか姿を消していたレンが戻って来るのとほぼ同じタイミングでエリーさんもやって来てボク達は互いの情報を交換することになる。

 先ずはレンの情報によると、ボクが三つ首竜を倒したことで逃げ出した黒幕の男を追掛けた結果、転移魔方陣で逃げられそうになったためにやむを得ず男の命を奪わざる得ない状況になってしまったため、残念ながら黒幕の正体や動機については知ることができなかったらしい。

 そしてエリーさんは今まで地上で大量に出現したアンデットの相手をしていたのだが、突然周囲を埋め尽くすほどの数に増えていたアンデット達が動きを止めたため、核となる個体が討伐されたことを察して今まで感じていた魔力の繋がりを頼りにこの場所まで辿り着いたのだとか。


 結局、エリーさんが相手をしたアンデットの群れの中に行方不明になっていた冒険者の姿もあったため、今回の事件を引き起こした黒幕は間違いなくあの正体不明の男であることが確定しボク達は初めての緊急任務を無事終えることとなる。

 おかげでしばらくの間は生活に困らないだけの資金を得ることができたし、順当に階級も上がったのだが、何もかも順調に進んだわけではない。


「むぅ。なんで初級から8級に上がるだけで、あれだけの大物を倒したのにボク達の評価は低めなの!?」


「仕方ないだろ。あれってあの男が作り出したキメラだからどの程度の危険度があったか判断材料がないし、アンデットだったから日の光を浴びて灰になっちまって素材も手に入らなかったしな」


 ハグジーナの町に戻ってきた次の日、近くの食事処で晩ご飯を食べながらボクはレンにそう愚痴る。


「でも、エリーさんだってボクらの力は高く評価してくれたじゃん! だったら、もう少し評価を上げてくれても良いのに」


「いや、それでも初任務でいきなり8級ってのは結構凄い方だからな? てか、下手すれば特級のエリーが同行してたって観点から『危険な魔物の相手を彼女がしていたおかげ』って判断され、ろくに階級が上がらずに終りって可能性もあったんだからこれでもかなりマシな方だろ」


「むぅ、そうだけど……」


 正直、今回相手した三つ首竜の強さは大した事は無かった。

 戦闘を始めてすぐに尻尾による強烈な一撃を受け(ダメージは無かったが)、忘れかけていた尿意を思い出したことでかなり(尊厳が)危ない場面もあったが、ついうっかり呑み込まれてしまった時に唾液とかでびしょびしょになった代わりに漏らしたことがバレること無く難無く無事に討伐を終えることができた。

 実際、万全の状態で対峙していたらもっと早い段階であの三つ首竜を討伐出来ていた(なんならバルムンクを使わずに素手で行けたと思う)だろう。


「あーあ、またなんか作戦を考えないとなぁ」


「頼むから、何かやらかす前に相談だけはしてくれ。今回だって、あの縦穴を調べる前に一言声をかけてくれてればあれほど慌てる必要も無かったんだが」


 もはや何度目かも分からないレンの苦言にボクは「ごめん」と素直に謝罪の言葉を返し、心の中で(でも、あれは本当に故意じゃ無くて事故だったんだけどなぁ)と反論するが、当然ながらそんなことは口にも表情にも出さない。

 ボクだってこれまでの経験で余計な事をすればレンの説教が長引くと言うことをちゃんと理解しているのだ。


「……それより、今後の方針はどうするの?」


 露骨に話題を逸らしたボクに、レンは一瞬何か言いたげな表情を浮かべたものの軽いため息と共に諦めの表情を浮かべると少しだけ考える素振りを見せた後に口を開く。


「おまえはさっさと階級を上げるためにいろんな任務を受けたいんだろ?」


「うん!」


 ボクが勢い良くそう返事を返すと、レンは苦笑いを浮かべながら「だったら、懐に余裕があるからと言って休みにするんじゃなく、明日から早速任務を受けていくか」と提案してくれる。


「ありがとう! ……でも、休み無く任務を受けたりしてレンは疲れたりしない?」


 正直、ボクはどれだけ連日戦闘が続こうとも余程の相手と戦わない限り体力は保つ自信がある。

 だが、レンだってボクと同じだとは限らないし、ボクの我が儘に付き合うことでレンが無理するのは本意で無い。


「流石にそこら辺は考えて受ける任務を選ぶから気にするな。それに、俺も個人的な都合で9月後半からは一時別行動を取らなきゃならねえ可能性があるから、今の内に稼げるだけ稼いでおいた方が良いだろうからな」


「個人的な都合?」


「前に言っただろ。俺は元々家の都合で10月にはクロスロード領騎士団を辞めるつもりだったって」


 そう言われ、記憶を漁ってみると確かにそんな話をした覚えがある気がすると朧気に思い出す。


「だから、その期間におまえ一人で任務を受けるのも何かやらかしそうで怖いから、任務を受けずとものんびり休暇が楽しめる程度には稼いでおきたいな」


 若干レンからの評価に不満を感じるものの、ボク1人で適切な任務の見極めや必要な物資の調整、それにアイテムポーチが使えないボクに食料の運搬や管理ができるとは思えないので、その期間までに十分な蓄えを備えるかレン以外にパーティーを組んでくれるメンバーを探しておく必要はあるだろう。


「じゃあ、とりあえずは手当たり次第に任務を受けながら目指せ4級って事で!」


 こうして、ボク達の冒険者としての生活が順調な滑り出しを迎えたのだった。

 これから先、思いも寄らぬ困難や強敵が待ち構えているのだろうが、それこそボクが長年夢見た冒険譚に描かれる輝かしい日々だ。

 だから、この生活がいつまで続くか今は分からないが、こうしてボクの夢に付き合ってくれたレンと共にボクは精一杯目の前にある日常を楽しんでいこうと心に誓うのだった。


――――――――――


【数日前:レーリット村】


 嫌な予感はしていた。

 だが、案の定あの小僧がマリアンナと共に視察団に同行したと知り、私慌てて車を手はさせレーリット村へと急行したのだが、私の嫌な予感は最悪の形で現実の物となってしまった。


 まず、レーリット村に到着してすぐに通信魔法で私に報告すべく1人で戻って来たギルフォードと遭遇し、驚くギルフォードから突然謎の集団に襲撃されたこととマリアンナとあの小僧が2人で姿を暗ませたことを告げられる。

 そして、あろう事かギルフォードは『この刺客はマリアンナ様が手引きしたものでは無いのか?』とか、『以前マリアンナ様が語っていた魔王復活を除く『教団』は実在するのではないか?』など訳の解らない質問を投げかけられ、思わず頭に血が上り声を張り上げてしまう。


「バカな事を言うな!! あの子が刺客を手配し、私の前から姿を暗ます? それに、可憐で繊細なあの子が魔王として世界を手に入れようとしているなど、上段でも笑えんな!」


 私の言葉にギルフォードは何か言いたげな表情を浮かべていたので、私は思わず鋭し視線を向けながら「なんだ? 言いたい事があるのならば申してみよ」と低い声色で問い掛ける。


「その……非常に申し上げにくい事ではあるのですが、マリアンナ様はバンダール様が思われているほどか弱い少女と言うわけでは――」


「分かっておる! あの子が持つ武の才は、下手をすれば私より上だろうな。それに、あの子は魔力を持たぬのではなく、魔物病の影響で全ての魔力が身体強化に使われておるのだろ?」


 その言葉に、ギルフォードは驚いた表情を浮かべて言葉を失う。

 そもそも、私とステラの間に生まれたあの子が魔力を持たないなどほぼ有り得無い事だし、大事な娘の特徴を私が把握していないわけが無いとなぜ気付かないのだろうか。

 それに、現役を退いてかなり衰えたとは言えかつては王国一と言われたほどの実力を持つ私が強者を見抜けぬほど耄碌するわけが無いだろうというのに。


「……それで、マリアンナがあの小僧と共に姿を消したというのは間違いないのだろうな?」


「あの小僧、というのがレンの事で間違い無ければ」


 それを聞き、私は頭を抱えながら大きな溜息を漏らし、これからする話の内容から周囲に人の気配や盗聴魔術が仕掛けられている痕跡が無いか再度確認し、大丈夫だと判断した所で口を開く。


「ギルフォード。これから話す内容はおまえを信じて告げるものであり、決して他の者に知られてはならんぞ」


 私がそう告げると、ギルフォードは再度姿勢を正しながら「心得ました!」と返事を返す。


「マリアンナと共に姿を消したレン・トロイアドの本当の名は、レオンハルト・アルバ・レイラントだ」


 一瞬、私の言葉を理解することができなかったのかギルフォードはキョトンとした表情を浮かべたまま固まり、やがて私の言葉を理解すると慌てたように「そ、それは本当なのですか!?」と私に問い掛ける。


「事実だ。私は幼い頃に命を狙われた彼を守る任を国王陛下より命じられていた」


「それは…マリアンナ様もご存知なのですか?」


「いや、マリアンナはやつの素性は知らぬはずだ。だからこそ、突然の婚約を拒み姿を隠す私の提案を受け入れたのだし、やつが卑怯にも本来の身分を利用して無理矢理婚姻を迫った相手だと知らぬままに側に置いているのだ」


 きっと、あの小僧は私の監視下を外れたことでこれまで以上にマリアンナへ積極的なアプローチをかけるに決まっている。

 最悪、2人きりという状況を利用して、純粋なマリアンナを毒牙に――


「良いか! おまえはすぐに王都へ向かい、ミレイユ第一王妃殿下と極秘裏に謁見を行い、すぐさまこぞ…レオンハルト第三王子がマリアンナをクロスロード家へ返還するよう働き掛けよ! なお、レオンハルト第三王子が公務へ正式に参加する10月までやつの正体を公にするわけにはいかないため、マリアンナと共にレン・トロイアドが姿を消した事実を決して外部に漏らすな!」


 こうして、卑怯にも愛娘を奪い取ろうとする小賢しい小僧からマリアンナを取り戻すため、私と王家の密かな戦いが幕を開けるのだった。

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邪眼令嬢と閃光の従者 赤葉響谷 @KyouyaAkaba

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