既読のラブと未読のコメント

渡貫とゐち

初出:monogatary.com「なんで返信してくれないの?」

 メッセージを送ってから、既に四時間が経過していた……。

 送ったと同時に既読がついたにもかかわらず、返信がまったくこない。

 一度は見たけど、手が離せない用事ができてしまって……

 その用事が終わった後、ついつい忘れてしまっていた、という可能性もあるけど……忘れているなら、私なんて彼にとってはその程度の存在でしかないことが証明されるわけだ。


 最悪ね。

 もう返信なんていらないわよ。


 ただ、忘れているならもう一度、送ってやろうかとも思ったけど、ここで催促するのは、なんだか負けた気がする……なんで私から歩み寄らないといけないわけ?

 すっごく返信がほしいみたいじゃない……ッ。


 いや、そりゃ欲しいんだけどさ――だって欲しいから送ったわけだから……返信不要とは言わない。

 彼の困っている返信内容を見て、いじるようにじゃれ合いたかっただけなのに……、返信がこないとなると、こっちもおふざけじゃなくなってくる。

 ガチの答えを聞きたいわね。



 返信がきた時にすぐ気づけるように、スマホを持ったまま、正面から向き合っている。

 本当は洗い物だったり、配信されているバラエティを見たかったけど、どうせ他のことに集中できやしないのだ。なにをしていても、どうせスマホが気になる。

 返信がこないのはネットワーク接続がちょくちょく途切れているからではないか? なんて思って、頻繁に接続を更新したりしているけど、やっぱりない……、私のスマホの問題ではないのかも。


 彼のスマホが紛失、もしくは、電源が切れたとか……?

 不慮の故障って場合もあるし……、返信がないからと言って、彼が『本文』を書いていないと決めつけるのは、さすがにいき過ぎかな……。

 本文自体はもうあって、それが私に届いていないだけなら――実は返信した速度は、数秒の間だったかもしれない。

 そうだったら、彼に怒鳴った場合、私が悪者である……困らせたかっただけで、彼を傷つけたいわけじゃないのだ……。


 それでも。


 ……あんな質問しておいて、一切、返信がこないのは…………、私が傷ついているけど……。


「っっ!?」

 

 すると、スマホが振動した――着信だ。

 彼からの電話に、一瞬で指が動いて応答した。


「――もしもし!!」

『わっ!? は、早いね……もしかしてずっと待ってたの?』


「…………別に。洗い物とか洗濯とかしてて、たまたま時間を確認したらあんたから電話がかかってきたから応答しただけなんだけど、なに、なんか文句あるの?」

『そうなんだ――もちろん、文句なんてないよ』

「ふうん」


『それでさ…………ごめんね、返信、できなくて』

「さて。……なら、言い訳を聞いてあげようじゃないの」


『ありがとう……。うぅん、とね……、スマホの故障とか紛失とか、返信するのを忘れていたとかじゃないんだけど……、単純に、文章の構成とか、推敲に時間がかかってて……。誤字脱字なんてあったら最悪だし、文章もおかしくないかなって、何度も何度も読み返して、している内に新しい伝え方も思いついちゃって……――何百って返信パターンを考えていたら、気づいたらこんなに時間が経っちゃってたんだよね――』


 ……え、四時間も?


「まさか、四時間も本文を打ち続けてたわけ?」


『正確には、一回、紙に書いてから、その後にスマホに打ち込んで……――を繰り返してたんだよ。スマホの充電が切れちゃう事故もあったけど……問題ないよ。伝えたいことはなに一つこぼれ落ちてはいないから』


 考えて、考えて、考えて。

 妥協せず、練り続けたメッセージ――返答。


 彼は、私の質問に、私以上に真剣に考えてくれていた……。

 じゃれ合うつもりはなく、ガチだったのだ。

 その真剣さが、長考を生んだのだ……でも、ぱっと一瞬で返してくれる方が良い気もする。

 時間をかければかけるほど、なんだか取り繕った感じも出ちゃうし……。

 それは私が穿ち過ぎなのかな?


「でも……結局さ……こうして電話?」

『うん。文字じゃ伝えきれないからね……、手書きならともかく、決まったフォントだと、こぼれ落ちるニュアンスがあるからさ――だから電話にしたんだよ』

「ふーん……」


 電話じゃなくて、直接会いにくればいいのに。

 電話だって、肉声じゃないんだから、ニュアンスの誤解はあると思うけど。

 そこまでは頭が回らなかったのかしらね。


「そう、いいけどね――じゃあ返事を聞かせてくれる?」

『うん――だからさ、君の家の前にいるんだけど、都合が悪いなら今日はやめておく?』

「は?」


『君の家のマンションの、エントランスまできたんだよ。直接、口頭で伝えたいから……迷惑だった?』

「そんなこと、ないけど…………インターホン、押してくれる? すぐに鍵を開けるから」


 言ってからすぐだった。

 部屋にインターホンの呼び出し音が鳴り響き、私はエントランスのオートロックを解除する。

 それから数十秒後、今度は玄関のインターホンが鳴り響き、私は駆け足で扉を開けた。


『「きちゃった」』

 スマホから。そして私の耳にも、同時に二つの声が聞こえる。

 電話の声と本人の肉声だ。


「きちゃった、じゃないわよまったく……。私が在宅してて良かったわね……、出先だったらどうするの」

「出先であんなメッセージ送ってこないでしょ?」

「いや、四時間も経っていれば出かけてる場合もあるでしょ……」


 通話を終えたスマホをしまいながら、彼が「あ、そっか」と呟いた。

 抜けてるなあ……。


 そしてこの行動力とか、私の冗談のようなメッセージに真剣に四時間も考えてくれているところは、不器用とも言えるし、でも真面目とも言えて――飛び抜けている。

 私の、彼の好きなところの一つでもある。


「それで? じゃあ、返事は?」

「うん。これが僕の答えだよ――」


 すると、彼がぎゅっと、私のことを抱きしめた。

 温もりとか、感触とか、耳元の吐息とか……その全てから、彼からの『好き』のパワーが伝わってくる。


 四時間も考えていた?

 推敲に推敲を重ねて、数百パターンの文章を考えて……、何千、何万文字と書いたのだろうけど――結局、最後は言葉なんていらなかったみたいね。


 抱擁一つで、彼の気持ちが伝わった。



『ねえねえ、私のこと、どれくらい好きなの?』



 四時間前に、ふと思いついて質問しただけなのに――。

 聞いて良かったわ。

 ……想定以上の、最高の返信よ。




 ―― 了 ――

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