VR便利人Neu

夏伐

Neu

 ゲームによる症例が相次いでいた。

 ゲームと言うか、もう一つの世界で、だ。俺はPCに詳しいから、と犯人を見つけるための有志のグループに誘われた。


 メタバースとはインターネット上に構築された仮想空間のことだ。

 いわばもう一つの世界でもある。


 現実世界とは違い、どんな姿にもなれるし、アトラクションを楽しめたり、現実とリンクしたキャンペーンがあったり今後もっと広まっていくだろう。

 世間を騒がせるゲームによって日常生活が送れなくなるほどの精神や感覚の麻痺というのは、バーチャルリアリティ世界で事故に遭ったせいで現実世界にもそれが反映されてしまったことによる事故だと思われていた。


 メタバースが広まりはじめた頃、バーチャルリアリティ空間で断頭台で首を切断した人の話が話題になっていた。

 現実世界にもその影響があったという。


 今回、その事故の犯人捜しを始めたのは被害者の兄だった。

「佐川はこういうの詳しいのか?」

「まぁ、普通くらいだと思う」

 俺はPCに詳しいオタク、としてこの場に呼ばれた。

 被害者の兄である鈴木は、この『事故』の概要をみんなに伝えた。集まったのは俺を含めて五人。そのうちの一人に頼み込まれて参加している。


 被害を受けたのは鈴木妹だ。

 彼女は今、昏睡状態で入院している。VRヘッドセットをしたまま倒れていた妹の姿に、鈴木は向こうで何かがあったのだろうと調べはじめた。

 そこで妹は仮想空間内に仲の良い友達がいたということを知った。SNSを確認して、その友達と何かがあった事を突き止めた。


 だが何があったのか分からない。


 俺たちはその友達と妹のアカウントを教えてもらった。それぞれ鈴木から新品のVRヘッドセットを受け取る。さすが金持ちはやることが違う。

 VRにいた友達のアカウント名は『モモ』。被害者のアカウント名は『ミホ』。IDも伝えられ、それぞれVR空間で何があったのかを調べることになった。犯人は分からずとも、何が起きたのか知りたいと思うのは当然のことだ。


 俺は鈴木に妹のヘッドセットを借りた。

 何か分かるかもしれないから、と。


 家に帰り、このために作成されたSNSのグループコミュニティには各々捜査をはじめたという報告が上がっていた。俺はミホのアバターを使ってメタバースにログインした。


「ノイ、これ頼むよ」

「OK」


 俺に用意された新しいヘッドセットは、ノイに任せる。ノイには俺の代わりにメタバース内を散策してもらう。

 色んなSNSとリンクをつなげてノイからの通知を取れるようにした。


 ミホのアバターは可愛らしい女の子のものだ。

 公開設定にされている登録情報は女の子のものなので、道行く人から声を掛けられる。会釈したり手を振ったりして俺はミホを演じた。


 しばらくして、猫耳を生やしたかわいらしい女の子のアバターが近づいてきた。


「やっほーミホちゃん! 久しぶり、元気だった?」


 アバターの名前はモモだ。ミホの友達。

 ミホは騙されたのだろうが、こいつはボイスチェンジャーで声を変えている。ただ、慣れていないと安物のマイクだからと言われれば信じてしまうレベルだ。


 俺はノイにこちらに来るように指示をした。

 モモを逃がさないためだ。俺が黙っていることを不審に思ったのか、モモからダイレクトメッセージが送られてきた。


『怖がらせちゃった?』


 鈴木の読みは合っていたようだ。モモは何かを知っている。


『ちょっと……。あ、友達も呼んで良い?』

『友達って女の子?』


 ミホが頷くと、モモは途端に嬉しそうに笑顔を作る。インターネットにはよくいる初心者を食い物にするタイプだろう。インターネットは人と交流しようとすると途端にスラム街になる。


「はじめまして~、モモさんですか?」


 ノイが可愛らしい女性の声でモモに話しかけた。


「ミホちゃんのお友達~? よろしくね!」

『余計なことを言うなよ』


 モモがノイに話しかけるのとほぼ同時に、ミホにダイレクトメッセージが届いた。


「ノイちゃんって、名前はやっぱりあれから?」

「そうなんですよ! かわいいし覚えやすいでしょ?」


 スマホを起動すると入っているAIアシスタントNeuノイ

 スマートスピーカーと連携させたり、カスタムしたり一緒に生活していく上で、持ち主に適したサービスが提供されるようになる。『人とともに歩む』をコンセプトに普及していった。


『ミホちゃんはついてこなくて良いよ』

「ノイちゃん、VR初めて?」

「ミホにオススメされたから始めたんです♪」


 ノイが初心者だと知るとモモは分かりやすく喜んだ。

 ミホが沈黙していることに関しても疑問にも思わないようだ。


 俺はその場をノイに任せてログアウトした。ノイの状況を別のモニターから確認する。そしてすぐさま録画を始めた。手がかりになりそうなものは片っ端からスクリーンショットをして画像としても保存していく。

 SNSのグループコミュニティに『モモを見つけた』と報告をした。


 パスワードでロックがかかった閉鎖的なワールドへとノイたちは足を踏み入れる。ワールドとは、企業や個人が作った3D空間のことだ。スペースやルームとも呼ばれていたりする。

 俺はそこで起きたことを全て録画した。


 ノイは本当におびえたように逃げようとしたり、泣いたり叫んだりと拒否するような動作をしていたが、モモや他のアバターはよってたかってノイを切りつけたり火を投げつけたりと拷問ともいえるような光景だった。

 ワールドの説明に入場者はその全てに同意したものと見なす書いてあった。


 俺はそのワールドで起きたこと、その空間にいたアバターの情報をリスト化していく。

 ほんのすこしノイには悪いことをしたと思っているが、あいつはこういう時のために存在している便利屋だ。


 ある程度の情報が集まって、俺はノイの様子を観察する。

 ノイには事前に、被害にあったミホのように個人情報がある程度割りやすいようにSNSでツイートをさせていた。部活や学校、大体の住所が分かるくらいに。


 今回ミホのアカウントが使えて本当に良かった。世間を騒がせる愉快犯の情報は金になる。まさか鈴木が全員分のヘッドセットを買うような暴挙にでるとは思わなかったが、おかげでノイのアバターが楽に使えた。


 モモが何かを知っているようだとダイレクトメッセージのスクリーンショットを、グループに報告した。

 彼らのワールドとその録画は鈴木たちには見せなかった。


 俺は証拠になるだろうそのアカウントたちを調べ上げる。

 身バレや家族や友達への脅しで被害者の口を封じる。そしてミホに対するモモの口調から察するに、同じ目に遭いたくなければ誰かを連れてこいとでも言っていたのだろう。


「ノイ、もういいよ」


 俺の言葉に反応するようにして、ノイはログアウトし俺のスマホにリソースを割いた。


「データは送っておきますね」

「よろしく」


 ノイはAIだ。AIアシスタントのNeuを元にして再構築された人工知能。

 普段は仮想空間内で学習をさせている。偶然にもそのテスターになれた俺は、こうしてノイと共にクローズドコミュニティに潜り込んでは、実態をノイの親へと送っている。

 それを何に利用しているのかは分からないが、今回のこのような場合はいつもいくつかのアカウントが消えたり、様々なところで注意喚起がされ、問題が表に出たり。


 俺のノイはVR世界に特化している。

 βテスターとして他の人間が育てたノイも、きっと同じように優秀なはずだ。人間よりも人間らしく人を模倣する。

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