第9話 王子様とお姫様 遭遇編

『わたくしの王子様』


 そう言って俺を貴賓席に呼びつけた女子は、さっきからずっと黙ったままだ。

 だけど目だけはジッとこちらを見据えていた。

 なんだか値踏みでもされているかのようでとても居心地が悪い。


「緊張することはなくてよ。ここにはわたくしたちしかいないのだから」

「いや……めちゃくちゃ見られてるんだけど……」


 貴賓席の縁から少し身を乗り出してみれば、俺たちを見上げる大勢の生徒たちの姿が嫌でも目に入ってくる。


「なんだあのメガネ野郎は」

「姫様はあんなのがいいのか……?」

「だったら俺でも……!」

「おーい、星彦ー! そっからオレのこと撮って撮って!」


 男子生徒たちからのあまりよろしくない視線をビシビシと感じる。

 ……ひとりバカがいるが聞こえなかったことにしよう。

 相手している余裕なんて俺にはない。

 なにせ、目の前には“ラスボス”がいるからだ。

 まず最初に目に飛び込んでくるのはその派手な髪だろう。

 金色に近い茶色の髪をゴージャスな縦ロールに結い上げ、さらに頭頂部も帽子と花飾りで盛り盛りに盛っている。

 その色と形状を何かに例えるとすれば豪華なパフェだ。それも苺のやつ。

 先生から何か言われたりしないのだろうか。

 ていうか俺が知らないだけで今現在の女子高生の流行だったらどうしようか。


「わたくしの髪型がよほど気になるようね」

「あ……ごめん」


 しまった。さすがにジロジロ見すぎだったか。


「謝る必要なんてなくてよ。星彦のためにいつもより気合いを入れてセットしてきたのだから、存分に見惚れるといいわ。さあ」

「いや……『さあ』とか言われても……でも、そうか。普段はもうちょっと大人しいんだな。なんかまあその……安心したよ」


 なにに安堵しているのかは俺にもよくわからんが。

 ホッとしたら喉が渇いてるのに気づいて、出された紅茶をひとくちすする。


「それで、わたくしがこれほどおめかししているというのに、貴方のそれはどういうことなのかしら? “家電王子”の時はメガネなんてかけていなかったと思うのだけど」

「ぶっ……!」


 思わず紅茶をふきだした。


「あつ!? あっちーっ! げほっ……! ごほっ……!」


 舌をヤケドしたし盛大にむせた。


「不様ね」


 盛り盛り女子は豪華なフリフリ付きの扇子で口許を隠しながら眉を寄せる。

 くっ! 誰のせいだ!

 しかしなぜ家電王子のことを知っているんだ?

 チャンネルでは“家電王子”の本名はおろか素性は一切公開していない。

 たしかに素顔は晒しているが、ウィッグで髪色も変えているしカラコンも入れてメイクだってしている。

 普段の俺を見て、バレることなんかない……はずだ。


「な、なんのことやら」

「とぼけるのはおやめなさい。わたくしは王子星彦のことならなんでも知っているのだから」

「な、なんでも……」


 思わずゴクリと唾を飲みこんだ。

 見るからに変なヤツだが言動がいちいち自信に満ちあふれているのでつい身構えてしまう。


「たとえば将来の伴侶は誰かとか」

「未来の話!? そんなの俺が聞きたいわ!」

「もちろん相手はわたくしよ」

「目の前にいた!」


 い、いかん。さっきから相手のペースに乗せられてしまっている!

 なんとかして主導権を取り戻さなければ……。

 そんなものがはなから俺にあったのかはさておき。


「伴侶って……冗談にしてもそういうの、よくないぞ。ほら、勘違いするヤツもいるかもしれないし」

「あら、わたくしは本気よ」

「本気って……」

「だって王子様になるというのはそういうことでしょう?」


 これまた自信満々に言い切りやがった。

 王子様とか伴侶とか真顔で言い放つこの女子は、もしや相当ヤバい人間なのではなかろうか?


「まずはそのボサボサの髪をどうにかなさい。長さはまあ良いわ。おでこは出し過ぎず隠しすぎず。でもツーブロックやベリーショートはダメよ。星彦には似合わないから」


 これ以上関わってはいけない──

 そう思った俺は、一方的なダメ出しを右から左に聞き流しながら一刻も早くこの場を立ち去る方法を考えるはじめた。


「それと、そのメガネはすぐに処分してコンタクトになさい。どうしてもというなら、もう少しフレームの細いものにするように。変装のつもりかもしれないけど、まったく似合ってないわ」

「い、いい加減にしてくれ」


 一世一代の勇気を振り絞って、相手の言葉を遮った。

 

「いきなり呼びつけてあれこれ指図しないでくれ。だいたい、そっちは俺のことを知っているかもしれないけど俺はそっちのことを何も知らないんだぞ。ま、まずはその……自己紹介くらいすべきだろう」


「つまり、名を名乗れというわけね」

「まあ、そういうことだ」

「では、よくお聞きなさい」


 俺がうなずくと、目の前の女子はパチンと音を立てて扇子を閉じた。


「わたくしの名前は誾千代ぎんちよ、日崎誾千代──」


 自信満々に、尊大に、居丈高に、そして大胆不敵に名乗りを上げる。

 そしてさらにこう続けた。


「王子星彦、あなたの“お姫様”になる女よ」


 それが嫌々に“王子様”を演じる俺と、自ら“お姫様”を名乗る彼女の第一種接近遭遇だった。

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家電王子と白物姫 冷田和布 @wakamecool

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