第3話
昨日までのモヤモヤとした気持ちの正体がわかったと同時に、私の中に抱いていた感情が、どうしようもないくらいに燃え上がる炎のようなものであると、私は自覚してしまった。
佐伯さんにもっと触れてみたい。彼女のことを知りたい。
しかし、私には彼女へと近づく方法がわからない。
私の友達は、中学時代から智咲ただ一人だし、他にも友達を増やしたいと思ったことなんて今までなかった。
ましてや、友達になりたいどころか、それをすっ飛ばして「恋愛的な意味で好きになってしまう」なんて。
そんな風に思ってしまうと、なんだか自分がとても気持ち悪く思えてしまった。
けれど、この気持ちを抑えることは、今の私には出来ない。むしろ、今の今までこんな挙動不審になっていたのだ。冷静になんてなっていられない。
朝起きてから、通学路を歩いている間の私は、心臓がバクバクと鳴っていた。
もう、行動を起こそうと思ったらすぐにでも動かないと一生佐伯さんと近づけないと思ってしまうほどに、私の気持ちは焦っていた。
こんな様子、最早智咲にすら見せるのは恥ずかしい。
相変わらず、こんな風に挙動不審になっている自分は気持ち悪いと思うけれど、それでもこの舞い上がっているような気持ち自体は、不思議と不快感を覚えなかった。
それどころか、高校に上がってから一番「楽しい」と思えたかもしれない。
「おはようー」
「おはよ、今日の陽向はなんか元気そうだねー」
「そんなことないと思うけど…それにしても智咲はそんな元気なさそうだね」
「いやいや、口元ずっと緩んでましたよ陽向さん」
気になって、ついつい手で口元を触る。確認してみると、確かに私の口元は緩みきっていた。きっと智咲以外の人にもバレた。
「……わかってるならもっと早く言ってよ」
「何で?笑ってた方が可愛いのに」
「そういう口説き文句はもっとかわいい子に言いなさいな」
「そうかな?陽向は自分の良さっていうものを自分でわかってないんだよ、もうちょっと笑顔になんなさい」
「やだよ似合わない」
なんていつも通りのやり取りをしていると、少しだけ気持ちが軽くなった気がした。やっぱり智咲は私にとってのオアシスだ。
「それはそうと、昨日から転校生の方ずっと見てたじゃない?」
「み…見てませんけど」
「見てましたー。はー、私ってばずっと陽向の親友なんだよ?そんなの気づかないわけないじゃない」
やっぱり、智咲に隠し事は無理みたいだ。
「あの、ちょっと人がいないところまで移動しない?」
「ん?いいよ?」
あまり人の通らない、階段の踊り場。そこなら、誰にも聞かれずに私の本当の気持ちを打ち明けられるだろう。
どうせ智咲相手には何を隠しても無駄だし、何なら智咲なら、それを話しても問題ない、って思えた。
「いや、その……実を言うとさ。あのさ、二つだけ約束してくれない?」
「別にいいよ、何だって聞いてあげる」
「えっとね…まず、聞いても笑わないでね。あと、これ誰にも言わないでね」
かつてないくらい、声が小さくなる。もう顔が真っ赤だ。というかわざわざ移動してこんな約束しちゃったもんだから余計に恥ずかしい。
智咲も真剣な顔で、頷きながら何も言わずに聞いてくれている。私はここで、智咲の善意に甘えることにした。
「実はね…転校生の子。佐伯さん、あの子のことちょっと、その……好きになっちゃったみたいで……」
最後の方は最早ほとんど声になってなかった。鏡がないからわからないけど、きっと今の私の顔は真っ赤なリンゴみたいになっていることだろう。
「……ごめん。笑わないでって言われてたけど約束破っちゃうね。ふふ、そんなことで悩んでたなんて陽向ってば可愛いな~~!」
「は……?」
予想外のリアクション過ぎて、思わず固まってしまった。正直、もっと笑われるかと思った。
「……勇気出して話しかけてみなって。私は応援するからさ」
「そ、そう。んじゃ…教室戻ろっか」
正直、余計恥ずかしかった。
それにしても、智咲は私にあんなこと急に言われて、びっくりしなかったんだろうか?
それとも、もう私が佐伯さんのこと好きなのバレて……いや、もうそれは智咲にも聞かないでおこう。だから何だというんだ。
智咲が最初からどう思ってたなんて、私が気にするべきことじゃないじゃないか。
それにしても、どうしようか。
私は今まで、智咲以外の人間とまともに関わったことがない。
それは、私にとってその関係性がそれで充分だったからで、それ以上を望まなかったからだ。
結局、私が恋愛に興味がなかったのも、これ以上関係性を広げたくなかったからだ。
嫌われたくない。
誰かが、私に嫌悪の感情を向けているところを見たくない。
それは結局私のエゴであって、相手をちゃんと見ていないだけだ。
そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか授業が終わって放課後になっていた。
相変わらず、お昼休みでは佐伯さんの周りに人が殺到している。
そこに私が入る余地はないし、佐伯さんの隣という席は、既に埋まっている。
でも、私はその席を奪いたい。その人を押しのけてでも、隣にいたい。よく知りもしない人の隣に立ちたいという、傲慢とも言えるような願いを、私は抱いてしまってる。
その日は、学級委員の仕事があった。智咲は私より先に帰ってしまっている。
通信簿に特になんてことない今日の出来事と受けた授業の内容を書いて、私はもう帰ろう。そう決意した時。
教室のドアがガラ、っという音を立てて開かれる。
誰か、忘れ物でも取りに来たんだろうか?
私は思わず、教室に訪れた人物の姿に見とれてしまう。
「あ、あの……佐伯さん」
心臓の音がうるさい。鳴り続ける心臓の鼓動が、私の緊張をより駆り立てる。
「あなた、もしかしてクラスの?ごめんなさい、まだ名前を覚えていないんです」
ある意味、思っていた通りの返事に対して、私は精一杯考えてきた言葉で返す。
「水野、陽向です。佐伯さん……私と、友達になりませんか!」
よりにもよって、友達になりませんか、だなんて。そんなことを今日日言うやつがいるものか。
けれど、その言葉は私にとって、きっと大きな一歩になるだろうと、確信した。
今日、私は恋を知る。 八十浦カイリ @kairi_yasoura
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