第2話

家に帰った後の私は、それはもう挙動不審の極みだった。

意味もなく部屋の中をうろうろしては足音がうるさいとお母さんの怒号が飛んできたり、それを何とか我慢したらそれでも我慢しきれなくて布団の中でジタバタしてしまったり。

出された宿題もほとんど手がつかなくて、机の前でぼーっと2時間くらい経ってしまった。


どうしてこんな風になっちゃったんだろう。

そして、何より脳裏に浮かぶのはあの転校生の顔だ。何故?何故佐伯さんの顔が?確かに、可愛らしい子だなとは思ったけれど、私はそれ以上に彼女のことを何も知らないのだ。

彼女と話したい。少しでもいいから彼女のことを知りたい。

そんなことを考えながら、私は眠りについた。


眠れなかった。

何とも情けないことに、あの後私はずっと目が冴えて眠りに入ることが出来なかった。


「ふぁぁ……」

ものすごい大きな欠伸をしながら、通学路を歩く。正直、今すぐにでも眠ってしまいたいくらいには強烈に眠い。

朝、鏡で自分の顔を見たときは目の下についた濃い隈に驚いたものだ。

元々早寝早起きがそれなりに得意な方だったのもあって、こんなのは初めてだ。


「よーっす陽向ーー!」

「よ、よっす…?」

そんな私の様子とは対照的に、智咲の方は頭が痛くなるくらい元気に挨拶してきた。きっと昨夜はぐっすり眠ったんだろう。私は全く眠れなかったっていうのに。

「なんか元気ないねー?もしかして昨日眠れなかった感じー?」

「眠れなかった感じ」

「何なら昨日もだいぶぼーっとしてたもんね?」

ぼーっと…してたかなぁ。ダメだ、思い出そうとすると寝そう。今なら立ったまま眠れる。

「陽向ーー?立ったまま寝たら危ないよー?」

「寝ない寝ない!!流石に立ったままは寝ない!」

そんなに眠そうに見えたか智咲。いや、自分でもだいぶバレバレなのはわかってたけど。


智咲は結構私のことをよく見ている。

呑気で一見バカっぽく見えるけれど、私の気分が沈んだらすぐ察知してくれるし、逆に珍しくテンション上がった時には何かいいことあったの?って聞いてくれる。

良い親友だとは思う。こんな私にずっと付き合ってくれるってだけで、もう十二分に良い友達だ。

智咲になら、もしかしたら相談してもいいかもしれない。今の私の気持ちを……。


「……おーい、陽向おーい」

「何……」

「1時間目終わったよ、次移動教室だから早く行かないと!」

「……え、もしかして寝てた!?」

どうやら授業が始まった途端、ぷつんと途切れるように寝てしまっていたらしい。あまりにも寝れてない影響が出てる。

「もー、ほんと様子おかしいよ今日の陽向。ほんと何があった?」

「何かあったとかじゃないって、ま、あんま眠れてなかったのはそうだけど」

ダメだ、まだ言いたくない。それに、転校生の子が気になるなんて言うのは、なんだかんだ恥ずかしい。


その後も、眠さに耐えながら、時には意識が途切れながらも、なんとか昼休みまで授業を受けた。

いつも通りの授業も、この眠気では正直受けるのは辛い。

もしかしたら、これがずっと続くかもしれないと思うと憂鬱になる。

原因は自分の中でひっそりとだけど、わかってる。けど、それを誰かに言うこと、伝えることは、なんだか憚られるようなものがあった。


そして、当の佐伯さんの様子だけれど、相変わらず休み時間はいつも誰かと話している。

きっと、私のことなんて視界にすら入ってないんだろう。

いや、もしかしたら私の名前すら知らないかもしれない。自分で言うのもなんだけど、私はとっても地味だし、座っている席も窓際で目立たない場所だし、

華やかさを擬人化したような存在である佐伯さんとは、まったく別の世界に生きるような人間だ。


そう考えてしまうと、不思議となんだか何かから解放されるような気分になった。

どうせ届かないものなら、手を届かせようとする方が間違っているのだ。

私は今日で一番の大あくびをして、お昼ご飯を食べた後はお昼休みを全部昼寝に使った。


午後の授業は不思議とあまり眠くはなかった。

「眠気を取るにはどうしたらいいですか?」その最適解は「寝る」というのは本当だったみたいで、驚くほどに眠気が取れている。

相変わらず頭はちょっとぼーっとしてるけど…まあ、帰ってからちょっと仮眠でもすればいいか。

あんまり寝すぎると夜眠れなくなりそうだけど、1時間くらいなら別にいいと思う。


少しだけ、肩の荷が下りた。そう思っていた。

でも、放課後になるとまたモヤモヤする気持ちが胸の中を渦巻き始めた。

このまま、自分の気持ちを諦めてもいいの?

いやいや、でも自分じゃ手に入らない高嶺の花なんかに手を出して、結局傷つくのは私なんだ。


その日は智咲に委員会の仕事があったから、帰るのは私一人だけになった。

別に待っても良かったんだけど、私には待てない理由があった。ただ単に…一人で待っていると何故かものすごく寂しくなってしまうからなんていう、くだらない理由。

夕方だというのに、相変わらずまだまだ真昼のように明るい通学路を歩く。


一人でずっと通学路を歩いているうちに、認めたくなかったけれど、認めざるを得なかった私の本当の気持ちに気づいてしまう。

私は昨日、佐伯さんに一目惚れをしてしまっていたんだ。

恋なんて自分には縁遠い話なんて思っていたのに、私はもう既にその当事者になっていたのだ。


「……はー、どうしようかな」

そうして吐いた私のため息は、初夏の湿っぽい空気の中に吸われていった。

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