今日、私は恋を知る。

八十浦カイリ

第1話 

世間っていうのは、何故こうも恋愛っていうのがお好きなんだろう。

ニュースを見ていれば誰誰と誰誰が熱愛報道だとか、道を歩いているカップルがどうだとか、流行りのJ-POPを聴いてみても、ほとんど恋愛の歌ばかりで。

たとえば友達とする話題なんてのも、こんな調子だ。


「陽向ーーー!もう入学して2ヶ月だけどさ、好きな人とか出来た?」

「出来るわけないじゃんものの2ヶ月で。まだ学校慣れるだけで精いっぱいだっての」

「えー。私はねー、もう好きな人出来たよー!」

「え、智咲に好きな人ーー?智咲にはちょっと早いんじゃないのー?」

正直言って、私は他人の恋愛の話題っていうのにも、あんまり興味がない。

だから、これはあくまで形式的な返事。ほとんどから返事に近いものだ。

「いつまでも中学のままのわたしじゃないんですぅ!聞きたい?気になる?」

「別に。なんかそう言われると聞く気なくす」

「なーんだもうノリ悪いなー陽向はー。そんなんじゃ恋人出来ないぞー」

「別にいらないって」

そう、私は誰かを好きになったことがない。

「好き」ってなんだろう。誰かを好きになるってなんだろう。

日々を生きることだけが精いっぱいな私に、そんなことを考える暇なんてあるのだろうか。


ぼーっと窓の外を見ながらあくびをしていると、気づけば担任の先生が教壇の後ろに立っていた。

そろそろ1時間目の準備しなくちゃな、なんて考えていると。

「今日はこのクラスに転校生が来ています。ちょっと珍しい時期ですけど、皆さん仲良くするように」

転校生?確かにこんな時期に珍しいな。まあ、でも特に関わりのあるような相手じゃないし、どうでもいいか。

「さ、入ってきてください」


先生の合図に合わせて、一人の女の子が教室へと入ってくる。

「こんにちは!今日からこのクラスの仲間になります!」

明るく、ハキハキとした声で転校生は挨拶をする。やや明るい茶髪が印象的な、可愛らしい女の子だ。

最後にお辞儀をしていたけれど、そのお辞儀の角度がやけに深くて、

一番前の席にちょっとぶつかりそうになって、おかしかったのかクラス中に少しだけ笑いが起こる。

「あわっ……すみません、私、この学校に来る前はアメリカにいて、こういう作法とか、よく覚えてないんです!」

別に、そこまで慌てて謝らなくたっていいのに。


「そうだ、お名前は?皆さんに自己紹介をしましょう」

「はっ…そうでした、そうですね、では今から、黒板に名前を書きますね!」

少しつたない字で、黒板に名前が書かれる。

「佐伯瑠奈、です!これから仲良くしてください!」

そして、彼女…佐伯さんは、私たちの元へと弾けんばかりの笑顔で振り返った。

私はその瞬間、その笑顔に何か魅せられたような気がした。

自分の中に、電撃のようなものが走ったような刺激を覚えたのだ。


「佐伯さん…そうですね、そこの席が空いているので、そこに座ってくださいね」

「はーい!」

佐伯さんの席は、私の窓際の席からは随分遠く離れていて。

それが何故か、寂しいなぁ、と思えてしまった。


その日のクラスの話題は佐伯さんで持ち切りだ。

「ね~、佐伯さんってアメリカから来たんでしょ?アメリカでの暮らしってどうだった?」

「あそこの人は皆優しかったよ!でも、ご飯がちょっと油ものが多くて、気を付けないと太っちゃって…」

「時差とか大丈夫?眠くない?」

「ちょっと眠い!でも、案外大丈夫かも」

外国からの転校生っていうこともあって、皆気になることはいっぱいあったんだろう。

注目を浴びる事に困惑しながらも、佐伯さんはどんな質問にも答えていた。


4時間目も終わってお昼休みにもなると、もうすっかり彼女はクラスの一員として溶け込んでて。

いつの間にか彼女を囲んで、もう一つのグループが出来上がっていた。

あれだけ明るくて可愛い彼女のことだ。きっとすぐに誰かと仲良くなって……。

「陽ー向っ」

ぼーっと向こうの方を見ていると、頬を指で突かれた。

「智咲ぃーー、だからいきなりそこ指で突っつくなって言ってんじゃんいつも!」

「ごめんごめんぼーっとしてたからつい。それよりもずっと転校生の方見てたじゃん。もしかして仲良くなりたい感じ?」

「べ、別にそんなんじゃ……!」

自分ではよくわからない感情が、私の中に渦巻いてる。それは智咲とこうやって会話している間も続いていて。

「わかるよ~~あの子可愛いもんね。わたしもちょっと話してみようかなって思ったけど、いつも誰かいるからダメでした!もう常時満員って感じ!」

「そ、そう。ほら、珍しい時期の転校生だし?外国から来たって話だし?私も気になっちゃってさーー…」

嘘。本当は一度でいいから、話してみたい。彼女のことを知ってみたい、ってだけだ。


「までも、陽向には智咲がいるじゃん、安心しなさいって!」

「それとこれとは別」

「あの子ほどかわいくないから?」

「いやそういうんじゃないし。智咲も可愛いよ」

妙な冗談を言う智咲を、適当に言って宥める。私たちの会話は大体、いつもこんな感じだ。


結局、放課後になるまで一度も佐伯さんと話せることはなかった。

と言っても、私は全く彼女のことをよく知らなくて。彼女がどんな子なのか、何が好きなのか。

もっと彼女のことを知りたい。そんなことを考えながら、まだ明るい帰りの通学路を歩いていた。

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