第2話
「いらっしゃい」
ドアから入ってきた背の高い客のなりを一瞥すると、視線を外しながら声をかけた。年の頃は50代後半から60代前半というところか。機械化された右手の義手は工業用機械を扱うロケン工業製か。
企業カラーのオレンジ色の甲カバーが特徴だ。男は黙ってコートを脱ぐと、さも当然のように壁にあるハンガーにコートを掛けた。
男は入り口に近いカウンター席に腰を落とすと、
「ウイスキーはあるかい?ロックで」
と頬の無精ひげをなでながら言った。
「あぁ、サントリーかニッカ……」
「そんな高いものじゃなくていい、人工ものはあるかい?」
と言葉をかぶせる。
あぁ、ほら見ろやはり安い客だ。
「ニゲンのワタリならありますよ」
工業用アルコールから作られた、無理やりウイスキーに似せた味をもつ一番安い酒をすすめる。
「じゃぁ、それをロックで」
臭い水道水をプラズマフィルターでろ過させた水で作った丸氷をグラスに入れ、「ワタリ」を1フィンガーほど注ぐ。カラカラと軽くステアしたものをカウンターの男の前に差し出した。
「すまないね。コースターは置いてないんだ」
「あぁ、かまわない」
そういうと、左手でグラスを持ち少し口に含んで飲み込んだ。グラスをカウンターに置くと、
「この丸氷は店主が削っているのかい? これは大したものだ」
当たり前だ。水はともかく丸氷だけは俺のこだわりだ。毎日アイスピックで作っているんだからな。まぁなんだ飲み屋の矜持ってやつか。
「あぁ、氷だけはこだわってますんで」
「いい技術だ。どこで教わった?」
「俺の爺さんの代からここで店をやっているんでね」
俺は親父から丸氷の作り方を教わった。親父は爺さんから教わった。何も残さなかった親父だが、この店と丸氷を作る技術だけは引き継いだ。おかげで飯は喰えているのだから、まぁ感謝ではある。
「お客さんはどこから?」
「テンウから出稼ぎにさ。ここいら一帯はずいぶんKIGYOの工場ができたからな」
あぁやっぱり出稼ぎの工場員か。ロケン工業の義手なわけだ。
「テンウとはまたずいぶん北から。一人かい?」
「あぁ家族はいるが私だけの出稼ぎさ」
ちらりと見えた首元にセラミックのカバーが見える。腕だけではなく肺まで義体化か。俺が男の首元を見たことを察したのか
「あぁ、テンウの金属鉱山で掘削をやっていたんだがね、粉塵で肺をやられたのさ。全く体が言うことを聞かなくなったんでね。出稼ぎってわけだ」
「そうですか。肺をやると気道まで義体化だと。大変ですな」
男が首元のセラミックカバーを右手の義手で撫でるしぐさをすると固い物同士がぶつかり合うカチャカチャといった音がする。
「あぁ、最初は呼吸の仕方に戸惑ったが今ではもう慣れたよ」
セラミックカバーに埋め込まれた青と緑のLEDランプが一定期間ごとに交互に光る。呼気と吸気を表しているのだろう。無機質な光がこの男の生命を表している。
真鍮ランプは白熱球独特の熱を発しながら周りの空気を揺らがせている。
温かな白熱球の光は照らされた男の顔までも黄色く染める。店の外に人気が増えてきたようだが他の客は来ない。もう20時か。
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