カラベラの憂鬱
蛟 禍根
石畳とランプ
第1話
今日の大気汚染濃度0.28AD。これなら電磁フィルターマスクが無くても呼吸器系等に影響はないだろう。最近「KIGYO」とかいう兵器会社の工場進出でこの辺りも出稼ぎの連中が増え、すっかり様変わりしてしまった。
以前なら一見の客など、このさびれた飲み屋街では見かけもしなかった。
あの大戦後、一気に世界中の経済を牛耳ることになった中華人民共和国は近隣諸国を飲み込み亜細亜合衆国となった。
圧倒的なGDPを支える軍産複合企業が幅を利かせることになって久しい。
俺のじいさんの時代からこの町の匂いは変わらない。日雇い労働者、近所の老人、だれが見ても訳ありだと分かる人間。飲む酒は安いヤケ酒のみ。
場所に合わない華美な服を着た配信者が怖いもの見たさで近づいて、その辺のチンピラに路上でカモられているのは日常茶飯事だ。
酒、汗、尿、体臭の入り混じったすえた匂いがこの場所がどういう場所であるかを雄弁に語っている。
世界中を取り巻くインターネットのコア技術が底上げされ、そこかしこに貼られたシールに埋め込まれたチップ同士の通信技術が確立された為、どんな些細な器具や装置、なんならそこの切れかけたLED電球ですらネットにつながっている。
綺麗で美しい輝く未来。インターネットの新たな時代だという連中は新たなインターネットの呼び名を提唱していたようだがバカバカしいその試みは失敗に終わった。
チェス盤のようにきれいに整備整理され、3mおきにチップが埋め込まれたアスファルトで舗装された表通り。
そんな発展した街の裏側で、俺の店の前は再開発まで石畳のままだそうだ。
石畳は常に濡れている。この辺の水道管だか何かが水漏れを起こしているんだろう。誰も直す気もないしもう10年以上そのままだ。きっと再開発まで水道管修理すら行われない。
爺さんの爺さんの時代から使われている「白熱電球」ってやつが好きだ。俺の店にもいくつかその明かりを灯すことができる器具が置かれている。
古い真鍮製のランタン風ライトはバーカウンターの隅で温かな光を放っている。もっともこの白熱電球すらもう作られなくなってしまったそうだ。
親父がストックしていた電球が底をつき、LEDの似たような電球に替えたことがあったが、やはりどうも違う。
結局隣町の骨董専門のジャンクショップで法外な値段を吹っ掛けられたが買わざるを得なかった。
一つ400Dだと?ふざけてやがる。
路面から一本入ったところに俺の店はある。店に設置されたたった一つの小さな外窓から、この珍しい時代遅れのランタンの灯りが見えるように置いてある。看板娘ならぬ看板灯ってやつだ。
だがこの暖かい光は夜に飛び交う虫だけではなく、人も惹きつけるようだ。
今日も辛気臭い顔をした、どうでもいい一見客が店のドアを開けて入ってきた。裾が擦り切れたロングコート。
おいおい石畳の水がはねて汚れちまってるぞ。まったく。
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