第3話

 男は二杯目のワタリを頼むと少し饒舌になっていた。


「店主はKIGYOの事は知っているかい?」

「あぁ、そうですねネットで公的に配信される情報くらいは」


 表向き、全ての情報が管理されている世の中だ。公的に国から送られてくる情報は首の後ろに埋め込まれた電脳領域にプッシュ配信される。

 生後間もなく首の後ろに埋め込まれた俺の電脳は脳幹を通じて俺の右脳だか左脳だかに刺激を与え、さも既に知っているかのように知識がいつの間にか増えている。

 配信されるもの以上の情報を得ようとすれば能動的に情報を集めなくてはならない。


「国民のために推し進める軍備防衛強化施策を一手に引き受ける企業とか。もう半分国営企業のようなものですな」


 俺もタンブラーに注いだ炭酸水を流し込む。

 男は、出された二杯目のグラスをぼんやりと見つめながら言う。


「カナダを吸収した北アメリカの連中がラテンアメリカ連合を脅しにかかってる。亜細亜合衆国に対抗するために策は選ばないようだ。あれほど仲が悪かったのにな」


と、グラスを回しながら氷を鳴らす。さらに言葉を継いだ。


「ラテンアメリカ連合の国々にはKIGYOの出先工場がある。北アメリカの連中はあわよくばその工場も接収するつもりなんだろう」


 亜細亜合衆国が成しえた大戦後の異常な発展を目の当たりにして西欧諸国が警戒感を強めていることは間違いない。戦争や紛争へ投入される義体化師団の充実や、AIによる戦闘補助機能の拡大、無人ドローンの高性能化や、近い将来編成されるであろう完全機械化師団。

 それらを包括的、効果的に運用するシステムの構築など脅威と呼ばれるものの存在は俺たちのような末端の人間でも理解できる。

 KIGYOに務める工場員という立場では、自分が手掛ける兵器がどこでどのように使われるのかは想像もつかないだろうが、自らが製造した武器が自分に向けられる可能性が0ではないことは覚悟しているかのような口ぶりだった。

 俺はカウンター下からナッツの缶を取り出すと小皿に盛り、男の目の前に置く。


「サービスです」


男は軽く会釈をするとナッツに手を伸ばし口に含みながら言う。


「まぁ、我々のような一般市民にはあまりにかけ離れた世界すぎて」


 その後もとりとめのない会話をぽつぽつと交わしながら時間が過ぎていく。

 人通りは絶えないが入ってくる客はいない。


「今日は、皆足早だな。おや、雨か……」


 振り返った小窓から外を見た男がぽつりと言った。男は二杯目のグラスに残ったワタリを一息で飲み干した。


「……ふぅ。店主、お勘定」

「20Dになります」


 義手の手首の内側にあるホログラムメイカーが男の目の前に金額を浮かび上がらせる。何躊躇することなく男は言う。


「認証」


 コートを取るためにチェアから立ち上がった男の背中に


「ありがとうございます。またどうぞ」


と俺は声をかけた。


「あぁ、また寄らせてもらうよ」


 男は安酒のせいか少し上気した顔のまま、来た時よりは少し冴えた声で返事をすると扉を開けて通りの方へ帰っていった。


 俺は客のグラスを片付けるとそのまま扉を開け入口に立つ。


「雨かよ」


 今は大したことのない雨だ。小窓についた水滴はやがて大きな水滴となり、下へと流れ落ちる。真鍮ランプの明かりがその流れる水滴を映し、向かい側の壁に流れ星のような影を描きだしていた。



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