訓練②

 ニアの訓練が始まって数時間。

 静かな王城の中庭には、ニアのえずく声が響いていた。

 この数時間ニアは、身体中の魔力エーテルを外へと放出しながらただ走り続けるという訓練をしていた。走り、止まり、えずき、朝食べた物を吐いたらまた走る。それの繰り返し。

 ただ走るだけでは吐くことは無いだろう。これは魔力を放出する事により自分の魔力に酔い、気分が悪くなっているのだ。


「もう……むり……」

「無理なわけあるか。さっさと走れ」


 えずきはするが出せるものが無いのでただ空気を吐くニア。身体的にも精神的にも辛いニアは、つい弱音を吐いてしまう。しかしアレスは、そんな事お構いなしと走るように促す。


「辛いのは分かってるんだよ。だが、ニアはそれも承知で俺にの手を取ったんだろうがよ。違うか?」

「ちがわ、ない……っ!」


 口元を殴るように拭き取ると、再びニアは走り出した。


 それから再び数時間後。

 ただ中庭をぐるぐると走り回るだけだが、脚は疲労が貯まり、振る腕は重くなる。もう既に走る速度は歩くよりも遅くなっていた。

 そんな時、ニアの右脚から何かが張り切れるような音がした。


「あぁぁぁっ⁉」


 声にならない声を上げながら、音がした右脚を抱えながらうずくまるニア。

 そんなニアにアレスは近寄り、症状の確認をする。


「……アキレス腱の断裂だな。魔力が尽きたか」


 アレスはニアへと右掌を向け回復魔法を掛ける。痛みが和らいだことでニアは苦痛に歪んだ顔から、安堵したような表情になる。

 ニアの怪我は魔力が尽きたことが原因だ。魔力は魔法を使わない者であっても身体機能の維持に無意識に使っている。当然、そんな魔力が尽きてしまえば簡単な事でもすぐに怪我をしてしまう。


「ニア、これが魔力欠乏だ。体内の魔力が尽きると、ただ走るだけでも今みたいに怪我をするから何があっても魔力が尽きないようにするんだぞ」

「分かった……」

「今日の訓練はここまでだな。運んでやるから、動くんじゃないぞ」


 魔力欠乏で動けなくなっているニアを担いで、アレスは客室へと戻っていった。




 客室に戻りニアをベッドに横にするとすぐに寝入ってしまった。

 アレスが今まで行っていた特訓は、魔力をただ放出しながら走るだけだったがこれにはちゃんと目的があった。まず、魔力の扱い方を覚える。これはニアは今日の訓練終盤では出来てきていた。ニアは魔力の扱い方を教わること無く自分の勘で覚え、身体強化へと無意識に回していた。それの甲斐あってか訓練終盤にはえずく事も無くなり走り続けていた。

 次に、身体を壊すまで追い込むこと。これも目的があっての事だった。散々走ったことで身体的に疲労が貯まっていたであろうタイミングで回復魔法を掛ける事で、通常ではありえないような時間訓練を続ける事ができる。また、回復魔法は自己回復能力を向上させる。それにより傷付いた筋肉は強固に繋がり太くなる。アレスは訓練中、ニアに気付かれない程度の微細な回復魔法をかけ続けていた。

 今日の訓練でニアは昨日よりもずっと成長しただろう。


「……まぁ、及第点って所だな」


 実際今日の訓練をこなしたニアは、満点と言っても良いだろう。だが、アレスは照れ臭さからか及第点と言ってしまっていた。

 そんな事を呟いていると突然客間のドアが勢いよく開け放たれる。ドアを開けたのはアーデルハイト。肩で息をし、アレスを見つけると口を大きく開くと言葉を言い放った。


「居たぁぁぁぁぁっ! はやく、謁見の間に来てくださいっ!」


 アレスは突然大声で騒がれたので、とりあえず溜息を吐きながらアーデルハイトの頭に拳骨を落とした。

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植物使いの百鬼夜行 らいお @Raio0328

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