訓練①

 ニアがアレスに弟子入りしてから一週間。

 ラズリアは相変わらずフォレスティエ王国との不可侵条約締結のために国のお偉方と打ち合わせをしたりと忙しくしている中、アレスとニアは王都での生活をのんびりと満喫していた。

 ニアの案内で王都を見て回り、あっちこっちと屋根伝いにニアを抱きながら観光する。そんなアレス達をアーデルハイトは肩で息をしながら追いかける。そんな日々が定常化していた。


 そんなある日、ニアがガツガツと朝食を食べている最中にアレスはニアにある事を伝える。


「ニア、お前もこの一週間ある程度食べたことで体重も戻っただろ」

「うん? たしかに、ちょっと重くなった!」


 ニアは手に持っているフォークを上にあげながらアレスに言う。

 今のニアは、アレスが拾ってきた頃と比べ随分と健康的な体格になっている。痩せ細った身体は肉が付き、消費していた生命力マナは全快。これであれば訓練を開始できるだろう。


「ニア、今日から訓練を開始するぞ。飯を食べたら王城の中庭に行くぞ」

「分かった!」


 元気な返事をすると、再び朝食を貪りだすニア。アレスはそんなニアを見て、「そんなに食わないほうがいいぞ」と思うのだった。




 王城の中庭は、偶に騎士が訓練に使用するほど広い。芝が広がり障害物の無い中庭は、アレスとニアの二人が訓練をする程度であれば狭いということはないだろう。

 そんな中庭でニアは準備運動をしている。身体を伸ばし、怪我をしないように温めるのはとても大事な事だ。


「よし、訓練を始めるぞ。今日は魔力エーテルの練り方を覚えるぞ」

「えーてる?」


 ニアは魔力を知らないらしく、首を傾げている。

 この王都――いや、人間は魔力に関する教育は国が運営する学院でしか教えていないので、魔法に携わっていない者にはあまり伝わっていない。

 ニアにはまず、基礎的な知識を教える事が大事だろう。とアレスは判断する。


「いいか、ニア。魔力とは魔法を使うために必要な燃料だ」

「燃料……火にくべる薪みたいな感じ?」

「あぁ、そんなイメージで大丈夫だ。その燃料が体の奥底に貯まっていて、それを体中に張り巡らされている魔力回路を通して外に放出するんだ」


 アレスは説明しながら指先に小さな火球と水球を作りだす。


「ふおぉ……凄いっ!」

「ニアも訓練すればすぐに使えるようになるだろ」

「頑張る!」


 そこから、魔力に関する座学はそこそこに訓練が始まるのだった。


 まず最初は、体内の魔力を感じる訓練から始まった。

 魔力は、生物が生命活動する上で必要不可欠なものでありながら、自身の体に流れる魔力を感じる事はなかなか難しい。

 だがそれは一人での場合だ。魔力を扱う事に長けた者が他にいる場合は、この訓練は比較的簡単となる。……普段から魔力に触れていれば、の話だが。


「いいか、ニア。まずは体内の魔力を感じる事が何よりも大事だ。魔力は血のように体内を駆け巡っているが、元を辿れば行きつく先は身体の奥底。そこを見つけるぞ」


 アレスはニアの右手を取りニアの手を通して魔力を流す。ニアは少しこそばゆいのか笑うのを我慢していた。


「……これ、少しくすぐったいね」

「くすぐったく感じれば、それがニアの中にある魔力回路を伝う魔力だ。それが進んでる先は分かるか?」

「うん、ぐわぐわーって来て、ここで止まったよ」


 ニアは下腹部を指し示す。そこが、ニアの魔力を貯める場所――魔力貯まりエーテルプールだ。

 魔力貯まりは人によって場所が異なる。ニアは下腹部だったが、アレスは右胸だ。それもあって先程アレスは、魔力貯まりのある場所を身体の奥底と表現したのだ。


「よし、いいぞ。そこが魔力貯まりだ。ではその止まった部分から魔力が流れ出るのを感じ取るんだ」

「むむむ……」


 アレスはニアから手を離し、魔力を流すのを辞める。

 そしてニアは、目を閉じ意識を下腹部に集中する。じわじわと感じる魔力は暖かく、心地良い。……だが、まだ漠然として深くまで意識を移すことができていない。


「……やはり、まだダメだったか?」


 ニアの様子を見て、アレスは小さく呟く。

 ニアの年齢は十三。この年まで魔力を日常的に感じる事無く生きていると、魔力という漠然としたものを深くまで感じる事はなかなかに難しい。


「……流れはわかるけど……どこから出てるのか、わかんない……」


 顔を険しくさせながら言うニア。どうやら、魔力貯まりと魔力回路を流れる魔力を感じる事はできても、魔力貯まりのどこから魔力回路へ通じているのかが分からないようだ。

 これは、初めて魔力を扱う者には初めて躓く場所だ。生物個々によって魔力回路の形も異なれば、魔力貯まりの出入り口も異なる。これはアレスがどう助言しても最終的にはニア本人が感じて理解するしかない。


「……あっ」


 アレスがまだ早かったか、と中段させようとした時、ニアが小さく声を出す。

 ニアの顔を見ると先程の険しい表情では無く、どこか安堵したような自然な表情をしていた。


「……アレス、見つけたよ。これがニアの、ニアだけの魔力なんだね」

「あぁそうだ。それがニアだけの魔力。それの扱い方さえ覚えてしまえば、ここ王都では敵無しになるだろうな」


 アレスを見つめにへらと笑ったニアは、額に浮かぶ汗を拭う。やりきったような表情をしていた。


「よくやったぞ、ニア。第一段階クリアだ」

「やったー! 第一段階ってのはよく分かんないけどやったー!」


 飛び跳ね、全身で喜びを表現するニア。そんなニアを見つめ、アレスは悪そうな笑みを浮かべる。


「喜ぶのは良いがまだスタートラインに立ったにすぎないぞ。さぁ、次の訓練に移るぞ」

「えぇーっ⁉ ちょっとくらい休もうよっ⁉」


 喜んだのも束の間、駄々をこねるニアを他所に次の訓練を始めるのだった。

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