第三話 邂逅⑩

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ユーゴが男たちに襲撃されてから2週間後、ユーゴは魔術学院の学院長室に来ていた。学院長鷹司凜華たかつかさりんかに呼び出され、渡されたのは小さなフクロウの付いたキーホルダーだった。


「……………ナニコレ?」

「何だ知らんのか?学院のパンフレットにも載っていただろう?魔術学院公式マスコット、”マ・ホーちゃん”だ。かわいいだろ?」

「ユーゴさん。とりあえず、かわいいって言ってあげて下さい。そのマスコットは学院長が一昨年考案し、グッズまで作りましたがまったく売れず、現在も大量の在庫を抱えているんです」

「うっ…売れてるよ!ただ、そのっ…。まだ皆この可愛さに気が付いてないだけだ!」


マヤの痛烈な指摘にもめげない学院長。ユーゴは貰ったマスコット”マ・ホーちゃん”(言われてみればパンフレットにも載ってた気がする)を観察していた。灰色の体に黄色のネクタイを締め、赤い眼鏡をかけ、左の羽で本を持ち、右の羽で眼鏡をクイっとあげる動作をしている。可愛くないわけではないが、コレのグッズが欲しいかと言われると、…微妙である。


「その…、凛ちゃん先生?大事な用事ってのは…」

「ああ。それをお前に渡すことだよ」


学院長はユーゴが部屋に入ってきた時と同じ、真剣な表情に戻った。ユーゴの元に行くと、ユーゴが持っているマ・ホーちゃんの頭の部分を指で押し込んで見せた。すると、


「ホーウ!ホーウ!ホーウ!」

「うお!?びっくりした…」


フクロウさながらの音を出したのは、ユーゴの持つキーホルダー、ではなく、学院長が身に着けている指輪だった。鳴き声に合わせて赤く点滅している。よく見ると小さなフクロウの頭が付いており、光っているのは目の部分だ。


「特注だぞ。こういうのが得意なダチがいてな」


学院長が指輪に手をかざすと、鳴き声は止まった。


「何かあった時、頭の部分を押すんだ。そうすれば私に知らせが来る。私に知らせが来れば、そこから対処の仕様はいくらでもある。昨日みたいなことがまた起こらんとも限らんからな」

「凛ちゃん先生…」


学院長はユーゴの肩にポンと手を乗せた。後で聞いたことだが、学院長の秘書であるマヤにも知らせが行くようになっているそうだ。


「身も蓋もないが、遠距離から突然眠らされたりしたらどうしようもない。まぁ、お守りみたいなものだと思ってくれ。ないよりはマシだろう」

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キーホルダーはズボンの右ポケットの中に入っている。ユーゴは長身の男の話に耳を傾けつつ、キーホルダーの位置を確認した。いきなりポケットに手を突っ込むのは怪しいだろう。床に体重をかけて、何とか頭を押せないだろうか。


そんなことを、考えていた。


「私はエース。君と、だよ。佐藤ユーゴ君」


すべてが頭から吹き飛んだ。


同じ存在?


どういう意味だ。


いや、その言葉が、他の誰でもないユーゴに向けられたのだ。


思い当たることは、1つしかない。


この男は…。


この男も…。


「予想以上の反応で嬉しいよ。私に聞きたいことが、たくさんありそうだね。でもその前に、もう一つだけ話をさせてくれ。我々は」

「頭を下げろ」


低い女の声が電車内に響き渡った。その声の主が、先ほどから男の斜め後ろに立っていた小さい黒コートから発せられたと理解するのに、ユーゴは少し時間を要した。


「忠告ありがとうリラ。だが、わかっているとも。これでも日本の作法については勉強してきたんだ。名刺を渡すときは相手よりも低く、だろう?お互いを思いやる、日本らしい文化だ。…おっと。それは名刺を交換するとき、だったかな。う~ん。やはりこういった作法は、本に一度目を通したくらいで」


彼の言葉は、そこで打ち切られた。実際、打ち切られたのか、男が自ら打ち切ったのかはわからない。突如としてユーゴの耳に響き渡った、耳をつんざくような爆音。ユーゴは反射的に目を閉じ、耳を塞ぎ、その場にうずくまった。




ユーゴは体を起こし、目をゆっくりと開けた。先ほどまで見ていた光景とは、変わり果てていた。何がどうなって今の状況になったのかはわからない。だが、状況をありのまま言うと、車両の天井が無くなっていた。車両の側面は、刃物で切られたように上半分が消失しており、金属の切断面が見えた。車両を箱に見立てると、斜め上からナイフを入れられ、そのまままっすぐ切り落とされた格好である。


だが、彼の目に飛び込んできたのは、この車両に起きた出来事すら忘れてしまいそうになる、衝撃の光景だった。フードを被った小さい女(?)は一歩も動かず立っていた。先ほどからユーゴに話していた長身の男も、同じ場所に立っていた。だが、その男の頭部は、口から上が無くなっていた。


「あ…、…………ぁ……………!!!」


ショックで言葉を失うユーゴ。頭部の切断面から血がどくどくと流れ出しているのが視界に入ってしまった。胃から出る吐き気をなんとかこらえる。


「な・る・ほ・ど」


言い終えた後、血の塊を吐いた。口だけが、動いている。先ほどまで饒舌に話していた男の口が、口だけが、何事もなかったかのように動き、声を発したのだ。


「あなたの後ろに付いているのが、まさかだったとは。これは日本魔術特区の我々に対する警告。そして我々にとっては日本魔術特区に対する教訓といったところですかね。それにしてもリラ。万が一のことを考えて、タカツカサリンカは数人がかりであなたが監視しているとの話だったのでは?」

「ああ。だが、5人とも殺された。そしてこちらの位置もバレた。だからこんなことになっている」

「!…さすがに日本魔術特区の最高戦力。実力は噂以上ですか…。ユーゴ君。我々はここまでのようです。残念ですが、今日のところは引かせて頂きましょう」


そう言い終わった時、男の頭部は完全に再生していた。傷跡もまったくない。ユーゴは先ほどのショックでまだ口から言葉が出てこない。


「最後に、これだけは伝えておきましょう」


男はまだ床に座り込んだままのユーゴに向けて告げた。両手を左右にのばし、まるで多くの人々の前で宣言するかのように。


「我々は、Ω(オメガ)。魔法使い、否、すべての生物の頂点に立つ存在。必ず迎えに来ますよ、佐藤ユーゴ君。それまで、ご機嫌よう」


そう言い残すと、2人の姿は景色に同化するように薄れていき、見えなくなった。


一条サキも、不動大輝も、これほどの騒ぎがあったにも関わらず目を覚ましていない。残されたのは無惨に形を変えた車両と、床に飛び散った血飛沫。ユーゴから少し離れたところに、Ωのマークが大きく書かれた名刺が血で床に張り付いていた。

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