第三話 邂逅⑦

「幻獣動物園で緊急事態発生!」

「現場からの報告はまだか!」

「現在警務部隊が事態の沈静化のため交戦中!」


大会議室の中で慌ただしく動くスーツ姿の男達。そんな中、真ん中の大きなテーブルに1人座り、優雅に紅茶を飲んでいるのは、銀色のロングヘアが特徴的な魔術学院の制服を着た女性だった。


「近衛様。このようなことになり、大変申し訳ございません。この埋め合わせは必ず」

「構いませんわ。それより、紅茶のお代わりを持ってきて下さる?」

「かしこまりました。それと、その、大変申し上げにくいのですが…、氷織ひおり様は大丈夫でしょうか。氷真ひさね様がこちらにいらっしゃる間は動物園にいらっしゃると伺っておりましたので…」

「ありがとう。でも大丈夫。あの子、自分の身は自分で守れるから」


大変失礼いたしました。と、男はすぐに氷真から離れた。目を閉じていてもバタバタと足音が頭に響く。氷真は慌ただしい雰囲気が好きではなかった。別室に移動するから落ち着いたら呼んでくれと言おう立ち上がったその時、部屋のスクリーンに映像が映し出された。動物園にある無数の監視カメラの映像を流しているようで、画面が8つほどに分割され、それぞれ別の映像が流されている。


「止めて!今の、左上から2番目の映像、拡大して流して!」


氷真の大きな声に驚きつつも、画面を操作している2人組がパソコンを操作する。切迫した状況であるはずだが、誰も氷真に対してどうしてかとは問わない。間もなく彼女が指定した画面が映し出された。そこには1人の刀を持った少女と、1人の少年が写っていた。


「あらあらあら…。何か面白いことが始まりそうですわ…!」


氷真は席に座りなおし、2人の行動を追うように指示を出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


垂直の壁を駆け上がる。


不可能ではない。だが、それは非常に高度な魔力コントロールが必要となる。魔力操作三原則の1つ、放射を足の裏から行う必要があり、粘着テープのイメージで足を壁に張り付かせ、それを繰り返すことで垂直の壁を歩くことが可能だ。だがそのレベルの緻密な魔力コントロールが出来る魔法使いは、空中に足場を作り空を駆け上がることが出来るため、壁を駆け上がることを行う機会は少ないかもしれない。


「いって…。やっぱそんな簡単に行くわけないよな」


空中であっけなくドラゴンに叩き落されたユーゴは、やれやれをいった表情で立ち上がった。


サキはその一部始終を見ていた。ユーゴは間違いないく建物の壁を駆け上がった。よく見ると、建物の壁に所々何かが食い込んだような凹みが出来ている。彼が壁を駆け上がるために細かな魔力操作をしたとは考えづらい。お世辞にも、学院の講義で見せる彼の魔力操作技術は高くはない。ユーゴはだけで、壁を駆け上がったのだ。そして、今も。あの高さから人間が落下して、無傷で済むはずがない。魔力を体全体、もしくは衝突部位に集中させ、衝撃を吸収する技術なら存在する。だが同じく、彼がその技術を体得しているとは思えない。彼はいったい何者なのか。だが今は、サキにはそれを尋ねる時間も余裕もなかった。


「動いているドラゴンの口にコレを放り込むのは無理そうだな。そもそも、口を閉じられたら終わりだ」

「アンタ…それすら頭に入れてない状態で向かって行ったの?」

「いや、あの時はマジでなんとかなりそうな気がして…」


ユーゴの無鉄砲さに頭を抱えている場合ではない。サキはふっと一息つくと、ユーゴの前に出て、柄に手をかけた。


「居合・飛火一文字」


ユーゴ、そしてユーゴを誘拐しようとした男に向けられた技が、今一度炸裂。飛んでいるドラゴンに見事命中し、ドラゴンは少しこちらを見た。だが、特にダメージを負った様子はない。ドラゴンを止めることはおろか、注意を引くことすら出来なかった。


「遠くからチマチマしてても、意味がない…か」

「今ちょっとこっち見たじゃん。サキはさっきの技で、注意を引いててくれ。俺がもう一回登って、口を開けた隙に投げ込むからよ」

「いや、それだとさっきと何も変わらない。それに飛火一文字では、もうアイツの気を引くのは難しい。やはり私たちをしっかり眼中に入れて貰わないと難しいだろう。…今私が考えた作戦、聞くか?」


ユーゴはサキの言葉に耳を傾ける。それはまったく難しい作戦ではなかった。やることも単純で、特にユーゴは以外、ほぼ何もしない。ユーゴ自身に何か考えがあったわけではなかったので、その案に乗ることにしたのだった。が、


「…ホントに大丈夫なんだろうね」

「何だ。私の腕が信じられんか?」

「いや、そっちじゃなくて、俺の体が…」

「よくわからんが、ユーゴは頑丈だから大丈夫だ。飛火一文字を受けて無傷だったのは、お前とあのドラゴンくらいだぞ?自身を持て。ホラ、早く走ってこい」

「微妙に根に持ってない…?」


サキはふっと笑みを浮かべると、刀を腰の位置で水平に構えた。ユーゴは少し距離を取り、サキに向かって叫んだ。


「行くからな!」

「いつでも!」


ユーゴはサキに向かって走り出した。そして、サキの刀の上に飛び乗った。それと同時に、刀は下方向に火を噴く。炎の勢いを合わせて、サキは刀を上空めがけて振りぬいた。タイミングをしっかりと合わせてユーゴもジャンプ。ユーゴはものすごい勢いで空へと飛んでいき、ドラゴンの頭部に近づき、…通過した。


「どう考えても勢いつけすぎぃ…………」


何か叫んでいるのは分かるが、地上にいるサキには届いていなかった。ドラゴンは自身を超えて飛んで行ったユーゴに気を取られ、凄まじい魔力を放つサキに気が付くのが、


「遅れたな」


軍服を着た男はもちろん、他の隊員たちの中には驚きすぎて腰を抜かしている者もいる。これから起こる何かが、自分に向けれれていないとわかっていても、その佇まいに恐怖の念を抱かざるを得ない。誰も一言も発しない。正しく圧倒的。この瞬間、地上を支配しているのは完全にサキだった。


来光らいこう


刀身が景色がすべて白くなるほどの強い光を放った。目を瞑っても瞼の裏が白い。その光はドラゴンにも届いており、今度は確実にこちらを向いた。この光をまともに見た目が、機能しているとは思えない。サキは刀を握る手に力を込める。白い光はみるみる赤く染まり、たちどころに炎を吹く刀となった。サキの足が、少しぬかるんだ地面に沈んだ。石で出来た地面が溶け始めているのだ。だがその程度でバランスを崩すサキではない。ドラゴンの腹に向かって、大きく刀を振った。


業火ごうか絢爛けんらん紅団扇べにうちわ!!」


刀から放出された炎は周りの建物も一部巻き込みながら一気に扇状に広がり、ドラゴンの体に届き、悲鳴を上げた。飛火一文字とは比べ物にならない威力の技だが、それでもドラゴンを地面に落とすことは出来ないようだ。だが命中したドラゴンの腹にはくっきりと焦げたような傷跡が残っている。ついにドラゴンは完全にサキを敵とみなしたようだ。空からまっすぐにサキを見ており、今にも突撃してきそうである。すこし息を切らしているサキは、ゆっくりと刀を鞘にしまう。


「そっから先は、1人でやれるよな」


サキがニヤリと笑う。軍服の男や隊員たちはもう口をポカンと開けて見ていることしかできない。そして、頭に血が上っているのか、ドラゴンはまだその事実に気が付いていない。


「こんなに上手くいくとはな。こっからは俺の仕事だ!」


1人の人間よりもはるかに大きいドラゴンの頭。その上に、ユーゴは立っていた。

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