第三話 邂逅⑥
「決心はつきましたかな?園長?」
大声でそう言ったのはカーキ色の軍服を着用し、口の周りにひげを生やした大柄の男だ。胸に付いた金色の勲章は、その男の階級の高さを物語っていた。
「もう少し…もう少しだけ時間を頂けませんか…?」
そう反応したのは細身で眼鏡をかけた気弱そうな男だった。軍服の男とは対照的に、地面に座りこみ、頭を抱えている。
「シェリーは…、あのドラゴンは気性の荒い奴だった。でもここまで暴れたことは今まで一度だってなかった。何か、きっと何か原因があるんです!」
「心中お察ししますよ園長。ですから、その原因を早く突き止めて頂きたいものですな。時間はたっぷり差し上げたはずですが?」
「それが…、わかったら、こんな…ことには…!」
園長と呼ばれた男は絞り出すような声でそう言った。その様子をもう見飽きたといった表情で見ていた軍服の男は、園長の隣に落ちていた紙を拾い上げ、胸ポケットからペンを取り出し、園長に差し出した。
「何度も同じことを言うのは好きではありません。これが最後ですよ。御することが出来ない魔法生物は、処分の対象となる。もちろんご存じですよね。あなたはこの状況を見ても、あのドラゴンを生かしておくと?」
ドラゴンの暴れた場所は瓦礫の山と化していた。今は同じように軍服を着たメンバーがドラゴンの動きを武器や魔法を使い、なんとか客が避難している方向に行くことを抑えている。だが、その均衡も危ういように見えた。
「威力を落とした魔法やゴム弾で対応するのも限界です。すぐに、その同意書にサインしてほしいものですな。私の隊員が傷つき、強制執行となる前に」
紙とペンを受け取った園長だが、その手は動かない。男は不意に園長に近づき、耳元で呟いた。
「あなたは私の仲間を殺すおつもりですか」
園長の目からとうとう涙がこぼれ始めた。すすり泣きながら、とうとう同意書に名前を記し始めた、その時だった。不意に園長の腕を、誰かがガッチリと掴んだ。
「おっちゃんを脅迫して、何書かせようとしてんだよ」
園長の腕を掴んだユーゴは軍服の男を睨みつける。男はどこからともなく現れたユーゴに対して、わかりやすく怪訝な目を向けた。
「…園長。民間人の避難がまだ済んでいないようだが?」
「俺の話片付けてから、次の話に移ってくんないかな」
はぁとため息をつく軍服の男。ユーゴは園長から手を離し、紙を取り上げ目を通した。
「緊急時…処分同意書?」
「書いてあるまんまだよぼうや。あのドラゴンは完全な錯乱状態にある。そこの園長が飼育の担当だったそうだが、彼にもどうにもならんそうだ。人に危害を加えていればその書類なしでも殺せるのだがね。今回は人的被害はほぼなかったようだから、その書類が必要になったということだよ。手間が一つ増えて、こっちも迷惑してる…、っておいおい。そんな目で睨まないでくれよぼうや」
険しい表情で男を睨むユーゴ。今は時間がないので、とにかくこの男はこれから自分たちが行うことに協力してくれないと、ユーゴは理解した。座り込んでいる園長に向けて話す。
「俺たちはあのドラゴンを止めるために来ました。おっちゃん、園長であのドラゴンの担当だったって?どうすればおとなしくしてくれると思う。思いつくこととか考え付いた方法とか全部教えてくれ。大丈夫。俺は魔術学院の生徒だ」
魔術学院の生徒だと名乗るべきと言ったのはサキだ。魔術特区内では、学院の生徒というだけでかなりの信頼を集めることが出来るそうだ。それほど学院の知名度と格はゆるぎないものなのだろう。園長は一瞬あっけにとられていたが、目にたまった涙をぬぐうと、ポケットに手を入れた。そして、野球ボールほどの大きさの、無色透明でスーパーボールのような球体の物体をユーゴに手渡した。
「正直、君が手伝ってくれる理由はまったくわからない。でも魔術学院の生徒なら信用しよう。これは麻酔球。そのまんまだが、麻酔薬だ。麻酔銃はドラゴンの鱗が通さないから、直接口にいれるしかない。特別警察に頼んだが、とりあって貰えなかった。シェリーをすぐにおとなしくさせる方法はこれしかない」
麻酔という、想像していたものがそのまま出てきたので、ユーゴはその場ですぐに力強く頷くことが出来た。
「もしもし?勝手に話を進めてもらっては困るんですがねぇ!?」
ユーゴと園長のやり取りを一歩離れた場所から見ていた男は麻酔球を持ったユーゴの前に立ちふさがった。
「これを飲ませればいいんだろ。アンタら何でそれをしないんだ」
「ドラゴン一匹のために隊員を危険にさらすわけにはいきませんからねぇ」
「そういうのも含めてアンタらの仕事じゃねぇのかよ」
「なんと言っていただいても結構。とにかく学生の君をここから先に通すわけにはー」
「10分。10分だけ俺たちに協力して欲しい。10分過ぎたらすぐに引くと約束するし、これを飲ませてもドラゴンがおとなしくならなかったら、その時は諦める」
ユーゴは男の言葉を遮って頼み込んだ。だが、軍服の男は聞く耳を持っていないようだ。これの対応はマニュアルに載ってないぞ、と独り言を言っている。
「そうか。わかった。なら…」
その瞬間、ユーゴは走り出した。一瞬で軍服の男の前を横切り、ドラゴンが暴れる中心部へ突入する。
「勝手にやる!」
ユーゴの手には麻酔球が握られている。やることは決まった。これをドラゴンの口に放り込むだけだ。
「ユーゴ!話はついたのか!?」
「いや、ダメだった!だから勝手にやることにした!」
「まったく…。それで、何をすればいい?」
「コレを、口に、放り込む!大丈夫!作戦があるから!」
そう言うと、ユーゴは少し高い建物に向かって突き進んでいた。ドラゴンの場所を確認し、ユーゴは建物の壁に足を引っかけた。
「な…!」「どうなってるんだ!?」「あれも魔法の一種なのか!?」
なんとユーゴは壁を走るように駆け上がり始めた。器用に窓の外枠に足を引っかけて登っているのではない。本当に、文字通り、壁を駆け上がった。
「な…何をしている!!早くあのガキを止めろ!」
「ですが隊長…、どうやって!?」
そう言っている間にユーゴは建物の屋上に到着した。ドラゴンの顔を正面から同じ目線で見れる場所だ。ユーゴは足を止めることなく、屋上から飛び出した。飛んだ先には、ドラゴンの頭、そして口が迫っている。
「いくぞォォォォォォ!!!!!」
ユーゴは迫りくるドラゴンの頭部に臆することなく、麻酔球を口に放り込む態勢を整えた。
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