第三話 邂逅⑤

ドラゴンの一撃は、サキによって防がれ、ユーゴたちは無傷だ。ユーゴの両側の地面は黒く焦げ付き、かなりの深さまでえぐれていた。それほどの攻撃をサキは見事に対処して見せたのだ。


「で、これはどういう状況だ。簡潔に頼む」


サキは刀を構え、ドラゴンの方を向いたままユーゴに問いかけた。ユーゴは氷織を抱えたままゆっくり立ち上がり、ここまでの状況を説明する。


「なるほど。理解したわけではないが、一先ず把握した。ドラゴンが暴れ出すとは、ここでは始めてじゃないか?」


サキが言い終えた直後、ドラゴンは再び吠えた。先ほどよりも大きな声なのではないか。体の筋肉が、そして脳が揺さぶられているようだ。口から発せられる爆音だけで、気絶してしまうのではないか。本気で心配になってしまう。吠えるのを止めた直後、ドラゴンは上空に向かって飛び立った。地面から勢いよく離れた時の衝撃が、ユーゴたちの所まで伝わってくる。


「ユーゴ!よかった。無事だったんだな!」

「大輝!お前もなんともなさそうで良かった。電話繋がらなかったから、もう逃げてるかと思ってたわ」

「いや、今のいままで寝てたんだよ。何か大きな音が聞こえて起きたら…。てかユーゴ。その女の子は何?」

「この騒ぎで今の今まで寝てたのか…。まぁいいや。この子は氷織ちゃん。ちょうど一緒に遊んでる時にこんなことになったからな。一緒に逃げてたんだ」


氷織は先ほどからユーゴに抱き着いて離れようとしない。この子のためにも、早くこの場から離れようとしたその時、ドォォォッンと、遠くで爆発音が聞こえた。


「まずいな。ドラゴンが暴れてるぞ」


サキが刀を鞘に納めながらユーゴたちの元へ駆け寄ってきた。大輝はここで初めてサキが来ていたことに気が付いたようだ。


「イチッ、一条さん、来てたんですね。…あの、知ってるかもしれないけど、俺は不動大輝と申します。あの、今日はよろしく、お願いします」

「ああ、君がユーゴの友達か。なぜ敬語なんだ?よろしく頼むと言いたいところだが、今日はそれどころではなくなった。とにかく走ろう。早くこの動物園から出るぞ」


話している間にも、定期的に爆発音やドラゴンの叫び声が聞こえる。ユーゴ達以外の客は見当たらない。完全に遅れてしまっているようだ。ユーゴは氷織を抱きかかえながら、サキは刀の柄に手をかけ警戒しながら、大輝は今一つ状況がつかめていないまま、走り出した。


「それにしても動物園の人は何やってるんだ!?早く眠らせてやるなりすればいいのに!」


ユーゴは繰り返し響き渡る轟音を聞きながら、率直な意見を呟く。


「…なぜ眠らせる?」

「え?決まってるでしょ。具合が悪いのは確実なんだ。早く眠らせるなり落ち着かせるなりして、体調べてやらないとだろ?」

「…ユーゴの言いたいことはわかった。だが、そうはならないだろうな。ドラゴンは恐らくだが、殺される」


は?


表情だけがそうなったか、声に出てしまったかはユーゴ本人でもわからなかった。ユーゴはその場で走るのを止めて、立ち止まってしまった。


「おい!何してんだユーゴ!」

「何でそうなるんだよ…!客に危害を加えたからか!?その客が殺してくれって動物園に頼んだのか!!?」

「落ち着けユーゴ」


サキはユーゴの両肩に手を置き、ユーゴに冷静になるよう促す。


「魔法生物を魔法による遺伝子操作で新たに生み出すことが禁止になっているのは知っているな。だが、飼育や繁殖は禁止されていないのは見ての通りだ。だが、この飼育に関しても、厳重なルールが定められている。”魔法生物の飼育に際して、人に危害を加える可能性を極限まで小さく出来ない、もしくは御することが出来ないと判断された場合、その生物は速やかに処分すること”。そうルールで決まっているんだ」


サキはユーゴの目を真っすぐに見ながら話した。サキは変わらず両手をユーゴの方に置いているので、ユーゴの肩が小刻みに震えていることはすぐに分かった。


そして、ユーゴはサキの手を優しく掴み、ゆっくりと肩から降ろした。抱えていた氷織を降ろし、ユーゴは出口の方ではなく、ドラゴンが暴れてると思われる方へ足を進めようとした。だがその矢先、ユーゴの腕はサキによってガッチリと掴まれた。


「…なんのつもりだ」


今も遠くで爆発音と、ドラゴンの叫び声が響いている。だが、織も大輝もその場を動かず、ユーゴを見つめていた。


「ドラゴンは、…っていうか、この動物園にいるのはみんな魔法使いに動物なんだよな。なんでそんなことしたのかは知らないけどさ、ここにいるやつは皆人間が身勝手に生み出した動物ってわけだ」


ユーゴはサキに腕を掴まれたまま、皆に背を向けたまま語り続ける。


「魔法生物だけを特別扱いしろってことじゃない。生き物は皆大事にされるべきだ。飼ってる犬が苦しそうにしてたらどうするよ。病院行くだろ?それとまったく同じだ。生み出したのが魔法使いだってんならなおさらよ。創るだけ創って、御しきれなくなったら殺すって?それは筋が通らねぇだろ。細かい事情やルールは知らねえ。とにかく俺は行く。この偉いヤツと話せるならガツンと言ってやる。話が出来ないなら、俺がドラゴンをおとなしくさせる。それだけだ」


ユーゴが話し終えた後、しばらく沈黙が続いた。ユーゴがサキの手を振りほどき、強引に進もうとした時、サキはユーゴの手をパッと放した。ユーゴは勢いあまって尻もちをついてしまう。振り返ると、サキは顔に手を当て、声を抑えて


「なるほど。よくわからん奴だとは思っていたが、タイプか。ここに来る前どんな環境で育ったのか知らないけど、何食って生きてたらそんなこと考えるようになるんだ?いや、考えるまではいいんだ。問題なのはそれを本気で実行しようとしてるってことだ」


サキはふーっと大きく息を吐いた。そして座っているユーゴに手を差し出した。


「私も付き合わせて貰うぞ。貴様の考え、妄想でないことを見せてみろ」


ユーゴはサキの腕を掴み、体を起こした。


「大輝は氷織ちゃんを頼む。出口まで連れて行ってくれ」


大輝は頷くと、氷織の手を取りユーゴ達とは反対の方へ向かおうとする。


「あの子、泣いてる」


不意に氷織はユーゴに向けて話始めた。ユーゴも今気が付いたが、氷織の目は赤く腫れぼったくなっていた。ユーゴは片膝を突き、氷織に向き合った。


「泣いてるの。さっきからずっと。私わかるもん。ずっと苦しそうに泣いてる」

「そうだな。大丈夫だ。これから、俺がちょっと行ってくるからよ。ドラゴンの涙を止めにな」


ユーゴとサキ、大輝と氷織は別々の方向に走り始めた。爆発音とドラゴンの叫び声は鳴りやまない。この状況を一刻も早く止めるために、2人は全速力でドラゴンの元に向かった。

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