第三話 邂逅④

「氷織ちゃん!!!」


ユーゴは落ちてきた物体の元へ駆け寄った。近くで見ると、とんでもなく大きい。その表面はキラキラと美しく輝いていた。最初は見当もつかなったが、その大きさと美しさでユーゴはピンときた。


「これって…さっきまで空を飛んでたドラゴンじゃないか。なんで落ちてきたんだ…?」


脳を半分だけ休ませる半球睡眠を行うことができるため、降りてくることはない。そう説明文に書いてあったはずだ。だが今はそれどころではない。ユーゴはドラゴンの巨体をよじ登り、氷織の名前を呼び続けた。落ちてきた時の衝撃はかなりのものだった。氷織はまだ小さい。衝撃で吹き飛ばされていたら。あるいは…。


「ユーゴお兄ちゃーん」


遠くからかすかに、だがはっきりと聞こえた。ユーゴはドラゴンの巨体を乗り越え、声の聞こえた方へ向かった。恐らくしっぽの部分を飛び越えた先に、銀髪の少女は立っていた。


「お兄ちゃん!よかった。大丈夫?怪我とかしてない?」

「え!?いや、俺は全然大丈夫…。ってそれはこっちのセリフだよ!氷織ちゃんは怪我してない?」

「うん私は大丈夫。よかったー。お兄ちゃんが何ともなくて」

「そう、だな。それもどっちかっていうと俺のセリフ…」


土煙がなくなると、落ちてきた”物体”の全容が明らかになった。真っ先に人々の目を引くのは、青と緑、サファイアとエメラルドだと言われれば信じてしまいそうなほどに美しい鱗だった。太陽光が反射し、今この瞬間も輝いている。そして、見るものすべてを圧倒するこの巨体だ。全長は32メートル。地球上で最も巨大な脊椎動物、シロナガスクジラの全長は最大で33メートルらしい。それに比肩する大きさの体を持っているのだ。ユーゴと氷織はドラゴンの細長い体をたどって頭部に行きついた。両目を閉じているが、息はしている。どうやら眠っているようだ。


「疲れちゃったのかな」

「そんな穏やかな理由だといいけど…」


程なくして、動物園の係員が数名駆け付けた。ドラゴンの周りを立ち入り禁止とし、手際よく状況の確認を行っている。落下の際に生じた衝撃で転倒し、軽いけがをした人はいたようだが、最悪の事態にはならなかったようだ。先ほどからユーゴと氷織は手をつないでいるが、氷織は頑なにドラゴンの傍から離れようとしない。彼女をここで放り出すわけにもいかないので、ユーゴも黙ってドラゴンを見つめていた。気が付くと、ドラゴンの周りには無数の人だかりが出来ていた。野次馬なんてつもりはなかったが、このドラゴンには見た人を引きつけて離さない、そんな不思議な力が宿っている、とユーゴは思った。


何分くらい見ていただろうか。突然、園内の放送チャイムが鳴り響いた。


「お客様にお知らせいたします。予期せぬ事態が発生したため、誠に申し訳ございませんが、本日は12時を持ちまして、閉園とさせて頂きます。繰り返しお伝えします…」


突然の発表に人々はざわつくが、これはしょうがないよね、といった空気でもあった。1人また1人、ゆっくりではあるが、人々が出口に向かって流れ始めた。ユーゴもすぐに大輝に連絡を取ろうとしたが、氷織がユーゴの服を引っ張った。


「あの子、どうなっちゃうの…?」

「ドラゴンか?どう考えてもただ寝ただけって感じじゃないし、これからお医者さんに診てもらうんじゃないかな」


係員は数十名がかりで、倒れているドラゴンの体を調べていた。医者かどうかはわからないが、似たようなことをしているのは間違いない。


「大丈夫かな?また元気に飛べるようになるかな?」


少し涙目になりながら訴えかけるように話す氷織を見て、この子は優しい子なんだな、とユーゴは思った。ユーゴは氷織の頭を励ますようにポンと叩いた。


「大丈夫。すぐに良くなるよ。次に来たときは、また元気に飛んでるさ。だから、今日は俺たちも帰ろう、な?」

「グスッ…。うん、帰る」

「よし。じゃ、バイバイって言って帰るか」


氷織はその小さなを倒れているドラゴンに向けて振っていた。作業をしている係員も数名その様子に気づき、ほほ笑んでいる。生き物が苦しんでいる姿を見て、涙を流せるほど純粋な子供なんて、今時珍しいのではないかと、ユーゴは素直に感心していた。ユーゴは再び氷織と手をつなぎ、その場を後にしようとした、その時だった。



ドオッン!!!と、先ほどドラゴンが落ちてきた時と同じくらいの音、そして衝撃が後ろから襲い掛かってきた。2人はそのまま前に倒れてしまう。なんとか、氷織が地面にぶつかる前に抱き留めたユーゴだったが、つい先ほどまで自分たちが居た場所で起きている出来事を目にして、言葉を失ってしまった。ドラゴンは、その体の3分の1ほどを真っすぐに起こし、空を見ていた。周りには数名の係員がうつ伏せになって倒れている。そして、吠えた。ユーゴはすぐに耳を塞ぐ。だが、それでもその声は体の中に雷のように、地鳴りのように響いてくる。


係員全員がわき目も振らず逃げ始めた。あっけに取らたユーゴだったが、その理由はすぐにわかった。ドラゴンの口が、黄色く光る。さらに光る。ついに昼間の太陽の光にも劣らないほどに光り輝く。そして、それは空に向けて放たれた。”光の柱”がドラゴンの口から作り出された。その衝撃は、地上でなす術もなく座り込んでいるユーゴにも、熱風という形で伝わった。”柱”は上空の雲かき分け、そのまま先細りしていき消えた。何を破壊したわけでもない。何かしら害を受けたわけでもない。だが、ユーゴは確信していた。アレはヤバい。ユーゴは氷織を抱きかかえ、その場から走って逃げた。


その行動がいけなかったのかはわからない。


ドラゴンはしっかりと走るユーゴを見ていた。そして、先ほどとまったく同じ流れの動きを始めた。ドラゴンの口が黄色く光る。さらに光る。そして、第二の太陽が生み出される。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ」


ユーゴは全力で足を動かすことだけを考えていた。いつものように軽口を叩く余裕はまったくなかった。ドラゴンは狙いをまっすぐユーゴに定めている。ユーゴは後ろを向いてドラゴンの様子を確認する余裕すらなくなっていた。このままでは、助からない。出来ることは逃げるだけ。少しでも、ほんの少しでも遠くへ…!




だが、それは轟音とともに、ドラゴンの口から放たれた。




「……………………」


…目の前が真っ白になったところまでは覚えている。だが、気が付くと地面に倒れていた。気を失っていたのかどうかさえわからない。氷織もユーゴに抱きかかえられ、無事だ。一体何が起こったのか…。


「一体何をしたら、ドラゴンにここまで嫌われるんだ?」


そこに立っていたのは、赤い髪を1つにまとめ、一本の刀を携えた少女だった。制服姿以外を見るのは初めてだが、この佇まい。ユーゴが見間違えるはずがない。


「申し訳なかった。乗る電車を間違えたが、ギリギリセーフ、だな」

「さ…サキ…!サキ様ァァァァァ(嬉)!!!」

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