第三話 邂逅①

ユーゴが謎の男達に誘拐されそうになってから、2週間ほど経った。あの日以来、ユーゴとサキの間には、友達かどうかは微妙だが、ただのクラスメイトという枠には収まらないだろうと陰で囁かれる、絶妙な関係が築かれていた。具体的には、朝と帰りのあいさつ、次の講義や移動先の確認、一日20秒程度の雑談である。それ以外はまったく話さない。


「ユーゴ。また明日」

「おう。また明日」


誰が見ても、ただの挨拶だ。だが周りが特に驚いているのは、今までクラスメイトとほぼ言葉を交わさなかった一条サキが、短い時間とは言えあいさつや会話をしているという事実である。それに対する反応は人それぞれだ。「一条さんって挨拶するんだ…」「普通にしゃべってるの初めて見るかも」「何?あんなのがタイプな訳(笑)?」「編入生に優しいサキ様も素敵…♡」


そして当然、突然サキと言葉を交わすようになったユーゴにも注目は集まった。何か面白い話が聞けるのではないかと勘繰り、男女問わずユーゴに人が集まる。


「佐藤君と一条さんって昔からの知り合いとか?」「一条さんって普段何喋るの?」「知ってる?一条さんって結構ヤバい噂があって…」「下民が」


初めて学院で会話した日の放課後はこんな感じだったが、さすがに目新しさもなくなってきたようで、この話題で盛り上がることはなくなった。ただ一人を除いて。


「ユゥーーーーゴクゥーーーン」


放課後、不動大輝はユーゴの前の席にドカッと腰掛けると、ユーゴの机に突っ伏した。そして腕の隙間から、ユーゴをじろりと睨みつける。


「今日も一条さんとの会話は楽しかったですかぁぁ??」

「いや、あの…」

「吐けよ、何の魔法使ったかをさぁ…。今正直に言えば二分の一+二分の一殺しで許してやるからよぉ」

「普通に殺してんじゃねぇか!何度も言ってるけど、そんなことしてないって!…たまたま助けてもらって、それからちょっと話すようになっただけだ…ってこの話も何回目だよ」

「イチジョウサンニタスケテモラウトカゼンセデドンナトクヲツンダンダオマエェェェェェェ!!!!!」


机をバンバン叩きながら裏声で叫ぶ大輝。ユーゴとサキの関係が噂になった日からずっとこの調子である。この話をしていない時は比較的まともだが、会話中サブリミナルで呪言を呟いていることに、ユーゴは気が付いていないのであった。


「何なんだよ最近よぉ…。新しい友人は女とイチャコラ、智弘もあの日から毎日寺尾台教授の研究室に行ってて構ってくれないし、家に帰っても面白くねぇし…。はぁぁあ。これから俺はどうすればいいんだ…」

「ああ、どおりで智弘すぐにいなくなるわけだ。寺尾台教授のトコに行ってんのか」

「ハナシソラシテンジャネェヨイマソンナコトドウデモイイダロォォォォォ!!!!!」

「………」


ユーゴは最初こそ普段とは違った一面を見せたこの友人に付き合っていたが、さすがにちょっとめんどくさくなってきた。とは言え、大輝はこの狂乱状態になる前に一条サキが教室を後にしたことを確認しているのだ。それは今でも少し面白い。だがここ数日は補講や勉強などで忙しく、大輝と過ごす時間がなかったのも事実だった。


「大輝。今週末時間ある?俺行ってみたい場所があるんだよ。幻獣動物園って行ったことある?俺動物とか好きだからさ、一回行ってみたいと思ってたんだよ。一緒に行こうぜ、智弘と3人で」

「……………ある」

「え?何て?」

「…条件がある」

「じょ、条件…?」


机に突っ伏していた大輝はぬるりと上体を起こし、その勢いでユーゴの頭に手を伸ばした。そしてユーゴを自身の顔の近くに引き寄せ、小声で話し始めた。


「一条さんを誘え。彼女が来るなら俺も行く」

「は、はぁぁぁぁ!!??何でだよ!?何でそこでサ…一条さんが出てくるんだよ!いいだろ3人で!」

「分かってない。分かってないよ佐藤君。いいか?若い男が3人で動物園。これはもうアレだよ。罰ゲームだよ」

「そうなの!?…いやまぁ、俺も友達と動物園とか行ったことないからそのあたりの常識はわからないけど…」

「覚えておきたまえ佐藤ユーゴ君。動物園は男同士では行かない。これは魔術特区の常識です。わかりましたか?」

「はぁ、覚えとき…ます。でもそうだとしても大輝。お前が一条さんに声かければいいじゃん」

「バッ!おまっ…!そんなことっ、出来る訳にゃっ…」


わかりやすく動揺する大輝。小声で話していたが、いつの間にか教室にはユーゴと大輝の2人になっていた。大輝はまわりに誰もいない事を確認すると、ふーっとため息をつく。


「ユーゴさ、一条さんがどれだけすごい人か知らないだろ」

「強いのは知ってるよ。技モロに食らったし」

「強いなんてもんじゃないんだって。彼女は15歳にしてIMO(国際魔術機構)が定める魔法使いのランクでB等級に認定された規格外のエリートなんだぞ。しかもそれだけじゃない。魔術特区には4代名家ってのがいるんだけど、一条家はその中の1つで、魔術特区の”守護”を司ってきた。警務部隊は一条家の人が仕切ってる。そんでもって、一条さんはすでに警察隊員の補佐という立場で、治安維持活動に参加することが認められてんだよ!」

「…めっちゃ詳しいやん」

「そんな人に気軽に話しかけられると思うか?俺を含めて皆話してみたいとは思ってると思うぞ。でも、恐れ多くてよ…。わかるだろ?」


ユーゴは助けられた日のことを思い出していた。警察から、いつもご協力感謝しますと言われていたので、こんなことを日ごろからやっているのではないかと推測したが、どうやら合っていたようだ。15歳の少女が治安維持活動。改めて考えると普通ではない。それほど彼女は規格外ということなのだろうか。


「すごい人なのはわかったよ。でもそれで敬遠することなんて全然ないと思うけどな。めっちゃ面白い人よ。冗談とかも言うし」

「ハーーーーーーーーーーーッ!!!!何ですかそれは!?アピールですか?”僕は一条さんと仲いいよ君とは違って”アピールですか!?”君の知らない彼女の一面を僕は知ってますよ”アピールですか!?」

「違う違う違う。そんなに大輝が思ってるほどサキも気にしてないってことだよ。大輝はコミュ力あるから、一回話したらすぐ仲良くなれるって」

「………サキ?」

「あ…」


下の名前で女子を呼ぶことにまだ微妙に慣れておらず、恥ずかしいが半分。周りに勘違いされるのが面倒くさいのが半分だ。特に大輝の前ではいつも以上に気を使っていたつもりだったが、うっかりしていた。


「そうか、そうか、つまり君はそんなやつなんだな」

「あーもう違うって!普通に名前で呼び合ってるだけだから!」

「イチジョウサンニナマエデヨンデモラウナンテオマエマジvんb;いあbhにfえbgtぢぃrf!!!!!」


発狂した大輝を落ち着かせるのに30分。誤解を(一先ず)解くのに30分かかってしまった。最終的に大輝は「土下座して靴舐めれば誘ってくれるのか」などと言い出したので、ユーゴは根負けし、ユーゴがサキに、大輝が智弘に声をかけるということで幕引きとなったのである。


「あの…一条さんが行くか行かないかって話とは別にさ、俺のこと話といてくれよ。あと、出来れば一条さんが俺のことどう思ってるかも、それとなーく聞いてみてくれ!」

「そうだな。目的のためなら泣いて喚いて、それでもダメなら土下座して靴舐めも辞さない男だって伝えといてやるよ」

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