第二話 一条家⑤
「一条様。本日もご協力、感謝します」
サキが5人の誘拐犯を倒した後、騒ぎを聞きつけたのか、誰かが通報したのか、もしくはサキがあらかじめ連絡していたのか、すぐに数名の警察が白と黒で塗装された大きめのバンに乗って到着した。倒れていた5人にはすぐに手錠をかけ、連行されていく。
「………一条?」
バンに乗せられる直前、男の1人がそう呟き、警察の1人と話をしていたサキを凝視した。サキもその視線に気が付く。
「は、ははっ!何で気が付かなかったかな、オイ!その制服と髪色。それと刀。お前レッドソード…一条んとこの娘だろ!まだ学生のメスガキが、警察ごっこしてるって話は本当だったんだなァ!」
「口を開くな!」「早く乗れ!」警官は2人がかりで突然喋り始めた男をバンの中に押し込む。だが男は何が面白いのか、ゲラゲラと下品な笑い声を上げながら、最後の最後までサキに向けて暴言を浴びせた。
「ガキの分際でその心意気は立派だがなァ、俺たちみたいな小物をいくら捕まえても、何も変わんねぇぞ?それとも何だ?こんなガキも現場に出てこなきゃいけないほど一条家の没落は酷いのかよ!オイ!」
男はまだ何かしゃべっていたが、ついにバンに押し込まれ、バンその場から去っていった。ユーゴに事情を伺っていた1人の警官も、最後にユーゴに怪我がない事を確認した後、サキに敬礼しその場を去っていった。サキは少しうつむいたまま、男の放ったセリフに対して何の反応も見せなかった。
「………………」
2人現場に残されたユーゴとサキは、お互いに一言も発さない静寂の中に居た。気まずい。助けてもらった立場であるユーゴは、こちらからお礼を切り出すのが筋だと考え、思考をめぐらす。だがレセプションの時と同様、彼の性格が邪魔をしていた。
(助けてくれてありがとう、でいいよな。こないだは俺の事完全に殺そうとしてきたけど、今日は違うよな。助けてくれたもんな。でも、ちょっと待てよ。さっき警察っぽい人から”本日も感謝します”みたいなこと言われてたよな。本日も、ってことは前にも誘拐犯とか倒したりしたってことだよね。あ、…これ別に俺を助けたんじゃなくて誘拐犯逮捕がメイン?いや、そうだとしても助けてもらったことは変わりないし…。いやこの人、もしかして俺って分からずに助けちゃった?…いやそれは大丈夫だ。さっき俺に”編入生”って言ってた。うん、絶対言った。ああ~何だこの状況!一言お礼を言う!そしてすぐに帰る!よし、言うぞ!)
「あ、あの…さっきは助けてくれてー」
「すまなかった!!」
両者ほぼ同時に口を開いた。あ…、と2人で顔を見合わせる。
「あぁ悪い。でも先俺に言わせてくれ。こっちはお礼が言いたいだけなんだよ。すぐ終わるから」
「それは不要だ。それより私の話の方が重要なんだ。先に言わせて欲しい」
「不要ってなんだよ。さっき助けてくれたじゃねーか。それについて感謝の気持ちを伝えたいって言ってんの」
「もう言っているようなものだろう!私は先日、貴様に対して行った無礼について謝罪をしなければならん。おとなしく私の話を聞いていろ!」
「あれはなんつーか、不幸な事故なんだよ。っていうか、謝罪なのに何でそんな高圧的なんだよ!それが謝罪する人の態度か!」
「言わせておけば貴様…!下手に出ていればいい気になりおって!それが人に感謝を伝える態度か!いいからおとなしく謝罪されろ!」
意味不明な意地の張り合いで議論は白熱したが、ふと我に返る2人。顔を見合わせると、ユーゴもサキも同時に吹き出した。お互いが言った謎のセリフを思い出し、しばらく2人は笑いあった。そしてサキの方から、ユーゴに手を差し出した。
「先日は私の勘違いで、申し訳ない事をした。私は一条サキだ」
「佐藤ユーゴ。さっきは助けてくれて、ありがとな」
握手を交わした2人は、ようやく互いの名を知ることが出来たのだった。
「それにしても…一条さん。ものすごいグッドタイミングで駆け付けてくれたよな。たまたま通りかかったのか?」
「いや。今日はユーゴをずっと待っていたからな。研究室棟から出てきたユーゴを追いかけていたら、友人と別れた直後に襲われていたからな。本当に偶然なんだ。あと、私のことはサキでいいぞ。私も貴様のことはユーゴと呼ぶ」
同世代の女子を下の名前で呼ぶことに、少しどぎまぎするユーゴだったが、すぐに今の話の違和感に気が付いた。
「えっっっと………。え?待ってた?俺を?」
「ああ。図書館に友人と入っていく姿が見えたのでな。謝罪する機会を伺っていたが、あっという間に5日経ってしまった。今日こそ面と向かって謝罪すると決めたんだ。途中寺尾台教授と研究室棟に移動してからが長かったな。何を話していたんだ?」
「………いや、ちょっと待って。大輝たちと図書館に入っていくのを見て、そこから待ってたの?ずっと??」
「そう言っているではないか。しっかり場を整えて謝罪したくてな。友人と別れて1人になってから声を掛けようと思っていたんだが、こんなことになるとはな。本当に災難だったなユーゴ。最近魔術特区の治安は悪くなっていると聞く。悩ましいことだ。ユーゴも夜道には気をつけた方がいいぞ」
サキがあまりにも普通に話すせいで、ユーゴは自分の感覚がおかしいのかと疑ってしまった。彼女にとっては普通なのだろうか。夜道を歩き、帰路につく2人。先ほどの緊張も、ユーゴは皆無になっていた。
「一じょ…サキってさ…、変わってるって言われない?」
「どういう意味だ。それを言うなら、貴様も変わっているではないか。私の一撃を受けて無傷。あんなことは初めてだ。先ほども何かくらっていたように見えたが、外傷は何も見当たらん。あぁ何も言わなくていいぞ。これからは実践形式の講義も増える。いったいどんな魔法を使ったのか、そこで少しづつ暴いてやるとしよう」
「………サキ。お前、超変わってるわ」
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