第二話 一条家④

昼は晴れていたが、日が傾き始めると徐々に曇り空となり、夜の魔術特区はカーテンから漏れ出す建物内の光と街灯だけの、薄暗い闇に包まれていた。


「…眠った、よな?」


ユーゴが地面に倒れ、しばらくして建物の陰から急ぎ足で出て来たのは5人の男だった。仰向けに倒れたユーゴを囲むと、ユーゴの手を後ろに組ませ、手錠をつけた。半開きになっている口にタオルを噛ませ、後ろで結ぶ。男の1人がユーゴの足を曲げ、別の1人が予め用意していた袋の口を開け、残りの3人でユーゴの体を持ち上げ、袋の中に押し込んだ。さらに袋をきつく結んで閉じる。


「高校生のガキ1人攫うのにここまでするかよ」

「金持ちのボンボンって感じにも見えなかったが」

「関係ねーよ。細かく手順を指定してきやがって、最初はどうしようかと思ったが、道具も全部向こう持ちでしかもあの報酬。蓋開けてみりゃただのカモ打ちだ。たまにはいい事あるじゃねーか。よし、後は運ぶだけだ。車まで走るぞ」


5人は最初に決めていた車との合流地点に向けて走り出した。ユーゴを運んでいるのは5人の中でも大柄な2人だ。街灯一つない暗い細道をなるべく音を立てないよう走り抜けていく。


「よし、もう少しだ!」



最後の角を曲がると、5人は一斉に立ち止まった。予定ではこのまま軽トラの荷台に飛び乗り、そのまま目的地まで行きユーゴを引き渡して終わりである。軽トラは計画通りの場所に止まっていた。だが、5人にとって予想外だったのは、彼らが飛び乗る予定の荷台に、誰かが座っていたことだった。雲の切れ間から月明かりが差し込み、座っていた人物の姿が明らかになる。無造作に束ねられた赤い髪。一本の刀を抱えたままうつむいていた、一条サキはその目を5人の男に向けた。


「は、ははっ!ダメじゃないか嬢ちゃん。こんなところで、しかも1人で夜遊びかい?そこをどいてくれ。俺たちは仕事中なんだ」


男の1人が優しく話しかけた。サキはその言葉には反応せず、荷台からひらりと飛び降りる。


「袋の中身を出して、彼を解放しろ。それから全員手を後ろに組んで、その場で仰向けになれ。そうすれば手は出さんと約束しよう」

「…その軽トラには、運転手が乗っていたはずだが?」

「ああ。運転席で寝て貰ってる」


そうか、と呟いた次の瞬間、男はサキに向かって拳を振り下ろした。危なげなくかわした彼女に、残り4人も同時に殴りかかった。狭い路地で、女1人に対して男5人。殴る、蹴る、掴む。どの攻撃もサキにかすりもしない。彼女は刀に手をかけることすらせず、壁を伝うように動き、男の背を踏み台にし、縦横無尽に動き回った。5人の男が肩で息をする中、彼女は息一つ乱していない。


「ふざけやがって…!全員で囲め!4人で囲んで捕まえろ!」


4人の男が彼女を取り囲んだ。全員少しずつ彼女ににじり寄るが、まだサキは眉一つ動かさない。はーっとため息をついたのはサキだった。忠告はしたからな、と言い、刀に手を掛けたその時だった。


「ンーーーーー!ンーーーーー!…ぶはっ!何だこれ。どうなってんだ!?」


道の脇に置かれていた袋が、突然動き、喋り出した。しばらくモゾモゾと動き、袋の口からユーゴが顔を覗かせた。ようやく手足を使って袋を破り、何事もなかったかのように立ち上がった。


「オイ聞いてた話と違うじゃねぇか!」

「一滴で大人10人が一瞬で昏倒するって薬じゃなかったのかよ!!」

「それよりアイツ、手錠はどうしたんだ?何で外れてんだよ!?」


動揺を隠せない男達。そして、それが彼が犯した最大のミスとなった。暗闇に眩く光る赤い刀。それを目にしてからではすべてが手遅れである。サキは片手で刀を持つと、その場で円を描くように刀を一周させた。現れたのは炎の輪。次の瞬間、それは一気に拡大し、男達の体を同時に薙ぎ払った。


火廻輪ひまわり


サキが刀を鞘に納めたと同時に、炎の輪は消えた。男4人は気を失っているが、恰幅の良い男が1人、その場で頭を抱えてうずくまっていた。運よく攻撃を避けたその男は、一目散にその場を後にしようと走り出した。


「頭を下げてろ、編入生」


サキがそう告げた直後、ユーゴは見覚えのある態勢を見た。彼女は頭を下げ態勢を低くする。柄を握る手に力が込められた直後、その技はしゃがんだユーゴの頭上をかすめた。


「居合・飛火一文字とびいちもんじ


闇夜を切り裂く一筋の炎は逃げる男の背を捉えた。まともにその一撃を受けた男は壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。

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