第二話 一条家③
「事件を耳にしたときは、…泣いてしまったよ。なんせ私は、4年間あの研究に参加していたのだから」
「!!!教授が、メンバーだったってことですか!?」
智弘のテンション、声量ともに最高潮に達していた。
「声でけぇよ智弘」
「いや大きくもなるって!あの研究は魔術特区中の超のつく優秀な研究者、技術者が集められたって話だよ。何しろ一番多い時は魔術特区の予算10分の1がその研究に使われていたんだからね。まさに一大プロジェクトだよ。そのメンバーの一人にこんな形で会えるなんて…!」
「はっはっはっ。湯川君の知識量には脱帽だよ」
目を輝かせる智弘に対し、予算10分の1がどれほど莫大な数字なのかもピンときていない様子の大輝。とにかく目の前に座っているオッサンはすごい人なんだ、という理解で彼は考えるのを止めた。
「えっと…、非常に聞きづらいんですけど、…大丈夫なんですか?計画に関わっていたこと、僕たちに言っちゃって」
「問題ないよ。それにさっきも言ったが、私は8年間続いた研究の最初の4年間携わっていただけなんだ。以前魔法史の観点から世界中の魔法生物についてまとめた論文を出したことがあってね。それを評価して頂いたんだよ。やっていたことも地味だった。ひと月に一回、世界中の魔法生物に関する論文をまとめたレポートを提出していただけだ。がっかりさせてしまったかな?」
笑いながら答えた寺尾台に、智弘はブンブンと首を横に振る。
「そんなことないです。メンバーに抜擢されたこと自体が素晴らしいと思います」
「ありがとう湯川君」
「その、一条…さんとお話されたことは?」
「ああ。もちろん」
寺尾台はここで再びお茶を口にする。いろいろな記憶を思い出しているのだろう。少し間が空き、思い出した記憶を噛み締めるように、話を聞かせてくれた。
「私が研究に参加したのは、30歳の時だった。それでもメンバーの中では若い方だったが、研究を指揮するのは22歳の女性。一条家の化け物として有名だったが、実はあまりいい印象を持っていなくてね。若い女が調子に乗っているんじゃないかと、勝手に考えていたんだ。まぁ未熟で若かったのは私の方だったがね。初めて会った時のことは今でもはっきりと覚えている。日本どころか、世界でも指折りの魔法使いであった彼女が、私に頭を下げたんだ」
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「寺尾台教授の論文は拝見させて頂きました。本当に素晴らしかったです。今回はプロジェクトに参加して頂き、本当にありがとうございます。お話できる機会は少ないかもしれませんが、一緒に頑張りましょう!」
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「彼女の言った通り、会って話すのは数か月に一回、私が提出したレポートについて話すときだけだった。素晴らしく充実した時間だったよ。日本は魔術後進国だと言われているが、彼女がいれば、未来は良い方向に向かって行くだろう。そんなことさえ考えていたものだ。だが、…そうか、もう15年前になるか。研究施設が、爆破される事件が起こった。犯人は…研究そのものに反対していたグループの過激派か、彼女の熱狂的なファンだったとも言われているが、詳細は分からない。計画は終了していたのに、彼女がなぜその研究室にいたのかも不明だ。不自然な点が多すぎるというのに、上層部は大した調査もしないまま事故と片付けた。…本当に残念だよ。彼女は日本の宝ともいうべき存在だった。あのような形で命を落としてしまったことが残念でならないよ…」
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「すっかり遅くなっちまった。まぁ課題は終わったからいいんだけど」
「何言ってるの大輝君。高等部の一年生が教授と話す機会なんて滅多にないよ。僕は色々と話を聞けて楽しかったよ。大輝君もしっかり課題手伝ってもらってたじゃないか」
「いや、感謝はしてるって…」
3人が寺尾台の研究室を後にしたのは、午後8時を回った頃だった。当初の目的である課題も教授の助言で完成し、少し豪華な弁当もご馳走になっていた。大輝は課題以外の時間が長かったことだけが引っかかっているようだ。
「一条淳子って名前くらいは聞いたことあったけどさ。あんだけ熱く語られても何つーか…、リアクションに困るっていうか…。智弘ずっと聞いてたのか?俺途中ちょっと眠かったぞ」
「信じられないよ。君、そんなんでこの先5年間やっていけるの?」
「そこまで言う!?なぁユーゴ。お前も眠かったろ…、おい。大丈夫か?」
「…え!?大丈夫よ!全然大丈夫」
「ホラ。ユーゴも疲れてんだよ。俺も眠いわ。今日は解散だな」
「まったく…。ユーゴ君本当に大丈夫?研究室行く前から様子が変だったし。具合でも悪かった?」
「え、いや。…俺も疲れちゃったわ。今日はありがと。帰ってすぐ寝るわ」
心配してくれる智弘と大輝に別れを告げ、ユーゴは足早にその場を後にした。
(お母さんのことを知っている人に、こんな形で会うなんて…)
一条淳子。これは紛れもなく、佐藤ユーゴの母の名前だった。研究によって生み出された自分をかくまって暮らすため、爆破事故の際死亡したように見せかけた。名字を変え、本土東京に潜伏し、ユーゴを育てた。この事実を知る者はわずかである。
(なんかこう、複雑だわ…)
当たり前ではあるが、佐藤ユーゴは自分が生まれた後の佐藤淳子しか知らない。だが彼女も、この魔術特区で長い時間を過ごしてきたのだ。家族や友人、先生、同僚に、先輩後輩。多くの人と関わり合ったはずだ。ユーゴは実のところ、最初に智弘の話を聞いている時点で驚いていた。母が優秀な人物であることは聞いていたが、世界レベルでの有名人であることは知らなかった。母は今も、多くの人の心に残っていることだろう。今日はその一つを、思わぬ形で垣間見ることとなったのであった。
「寺尾台教授も、俺を生み出すのに一役買ってたり…なーんて」
次の瞬間、ユーゴは首筋に鈍い痛みを感じた。最初は少し痺れたような、寝違えた時のような痛みだったが、その痺れは首から肩に、上半身に、そして足まで広がっていった。ユーゴはその場にばたりと倒れてしまった。何が起こったのかわからず、必死に手足を動かそうとするが、まったくいう事を聞いてくれない。何秒程たったのか、ついに考えることも難しくなってきた。眠気とはまた違う、意識が遠くなっていく感覚。…足音が聞こえた。かろうじて眼球を動かすと、横になっている自分を囲むように4、5人立っているのが見えた。
何をされたのか、彼らが犯人なのか。そんな事を思いながら、ユーゴの意識は闇の中へ沈んでいった。
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