第二話 一条家②

レセプションが行われてから数日後、佐藤ユーゴは学院の図書館へ向かっていた。午前中は講義があり、午後からは課題を行う時間となっている。


「ユーゴ!こっちだこっち」


図書館の入口でユーゴを待っていたのは2人の男子。背が高く、グレーの髪と鋭い目が特徴の不動大輝ふどうだいき。金髪のくせ毛に眼鏡をかけた気弱そうな少年が、湯川智弘ゆかわともひろである。レセプションで近衛氷真に詰め寄られ、放心状態になっていたユーゴに大悟が声をかけた。因みにその後ユーゴは、特に問題なく高等部1年男子の輪の中に加わることが出来た。男はただでさえ少ないことに加え、一条サキの一撃を受けて無傷というエピソード。さらに近衛氷真に話しかけられる大イベント。初日にも関わらず、ユーゴは話のネタのバーゲンセールだったという訳である。そんな中、特に意気投合したのがこの2人という訳だ。



「”大魔法使い1人を選び、その人生について図書館の資料を使って調べレポートを作成せよ。分量は自由。なぜその魔法使いを選んだのかも明記すること”か。こりゃ誰を選ぶかがカギだな」


図書館に入り、早速課題に取り掛かる3人組。提出は明日の朝一であるため、今日中に仕上げる必要がある。大魔法使いという言葉に明確な定義はない。後世に名を残すような魔法使いであれば、もれなくそれに該当するだろう。


「ユーゴは誰にするつもりなんだ?そもそも魔法使いをあんま知らないだろ」

「そうなんだよ。絶対誰かと被るだろうけど、アレイスター・クロウリーかな~」


アレイスター・クロウリー。魔術を学問として完成させたイギリスの魔法使いである。特に彼の著作、”魔法の書~魔力操作入門~”は世界中の魔法使い養成機関で採用されており、それに記された魔力操作の三原則、伝導・対流・放射はもはや魔法使いの常識になっている。それほどの影響を与えた人物にも関わらず、魔法戦闘は不得手だったというエピソードは有名だ。


「メジャー過ぎて、逆に被らないんじゃねぇの?俺はちょっと古いけど、卑弥呼にするつもりだ。書くことが少なくて済みそうだしな」


卑弥呼。日本最古の魔法使いとされる。当時の日本は魔法という言葉も概念も存在しないため、人知を超えた力を持つ王として邪馬台国に君臨していた。天候を操るほどの魔力を持ち、戦士に魔力を込めた特別な武器を与え戦争を勝利に導いたという。


「2人とも。なんでそんな昔の人ばっかり注目するのさ。卑弥呼なんて、いたかどうかも怪しいのに」


図書館の席に着いてから早速本の世界に入っていた智弘が口を開いた。


「智弘は誰について書くつもりなの?」

「僕が一番尊敬する人だよ。四大名家一条家に生まれ、幼少時からずば抜けた才能を発揮。中等部在籍時にはA等級を取得。これは未だに破られていない最速到達記録だよ。最終的にはAA等級に認定されるけど、これはIMO(国際魔術機構)の常任理事国が、魔術後進国日本から最高ランクのS等級が輩出されるのが面白くないという理由で彼女のために新しく等級を作ったって話もあるんだ。高等部の卒業研究ではまったく新しいオリジナルの魔術体形を構築。この理論に矛盾はないのは認めているけど、世界ですべて理解しているのは数えるくらいしかいないって言われてるんだよ。卒業後はすぐにー」

「長い長い長い。それ全部レポートに書いてくれ。初耳だったが、お前の愛はよーく伝わった。後はそれをレポートにまとめるだけだ。オーケー?」


面白いのはここからなのに、とでも言いたげな智弘はしぶしぶ口を閉じ、再び本に集中する。


「えっと。ごめん智弘。結局それ、なんて名前の人?」

「覚えといて損はないと思うよ。日本が生んだ最高最強の魔法使い!名前はー」


「一条淳子あつしに興味があるのかい?」


突然3人に声をかけてきたのは、眼鏡をかけた真面目そうな雰囲気の中年の男性だった。グレーのスーツを着こなし、胸には銀色のバッジを付けている。この図書館の職員だ。


「いや失敬。熱弁する少年の声が耳に入ってしまってね。思わず声をかけてしまった。君の名前を教えてくれるかい」

「はい、魔術学院高等部1年、湯川智弘です」

「湯川君だね。私はこの総合図書館で魔法史の研究をやっている寺尾台てらおだいというものだ。よろしく頼むよ」


ガッチリと握手を交わす智弘と寺尾台。ユーゴと大輝も名乗ってそれに続いた。


「君たちは何をしていたんだい」

「課題です。魔法使い1人について調べて、レポートを作るんです」


智弘の説明に寺尾台はうんうんと優しく頷いてみせた。


「これから少し時間はあるかい?君たちさえよければ、今から私の研究室で少し話さないか?課題についても協力できると思うよ」

「本当ですか!是非行かせてください!2人とも行くでしょ!」


智弘は完全に乗り気だ。大輝は課題を手伝ってくれるならと了承。


「…ユーゴ君?大丈夫?何か予定でもあった?」

「え!?ごめんごめん。大丈夫。俺も行くわ」




3人は図書館に隣接する研究室棟に移動し、寺尾台の案内で研究室に到着した。細長い部屋には本や書類が散乱しており、お世辞にも綺麗とは言い難い。


「散らかっていて申し訳ない。だが3人が座る場所くらいのスペースは残っているだろう。お茶をいれるから、座って待っててくれ」


破れて中身が見えている古そうなソファに腰掛けたのはユーゴと大輝。智弘は目を輝かせて本棚に並んでいる本を見つめている。テーブルに3つのお茶が入ったコップが並び、ようやく智弘もソファに座った。


「さてと、色々話したいことはあるが…」


寺尾台は奥のイスに座り、一口お茶を飲む。


「湯川君。一条淳子についてだが、そうだな…15年前の事件については知っているかい」

「はい。本で読みました。原因不明の研究所爆破事件。彼女はそこで命を落としています」

「そうだね。そこで何の研究をしていたかは?」

「人工魔法生命体に関する研究です。表向きは空想上の生き物を現実にするという研究でしたが、その実態は完全に自立した魔術兵器の開発でした。魔術特区はこれを極秘に行っていましたが、16年前、日本魔術特区がIMOに加盟し、ロスアラモス協定に調印したことで人口魔法生命体の研究は禁止となりました。表向きの理由を失ったことに加えて予算も足りなくなり、魔術兵器の開発も打ち切り。それらすべての研究を統括指揮していたのが一条淳子です」

「素晴らしいね!つけ入る隙の無い完璧な説明だったよ」


智弘は得意げに、だが少し照れくさそうに笑った。


「爆破事件からもう15年も経っているとは、時が経つのは早いものだ」

「寺尾台教授は、事件を当時どのようにご覧になっていましたか」


智弘が質問する。寺尾台はふーっと長い息をつき、天井を眺めながら答えた。


「事件を耳にしたときは、…泣いてしまったよ。なんせ私は、4年間あの研究に参加していたのだから」

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