第二話 一条家①

「御機嫌よう。随分浮かない顔をしていらっしゃいますわね?一条さん」


時間はレセプションが行われている最中である。赤色の髪を無造作に束ねた少女、一条サキに声をかけたのは、銀髪美少女、近衛氷真このえひさねである。職員室から出てきたサキは彼女に構わず、廊下を歩き始めた。無視された氷真は特に驚いた様子も見せず、サキの後ろを歩きながら話しを続ける。


「レセプションの会場にいらっしゃらなかったものですから、心配して様子を見に来たんですのよ。せっかくの機会ですわ。普段お話しない方と、お話してみてはいかが?」

「…」

「顔色があまりよろしくないように見えましたわよ。その様子ですと、朝ごはんも取っていないでしょう。会場には食事も用意されていましたわ。何かお腹に入れておかないと、体に毒ですわよ」

「…」

「つれないですわね。仕方ありません。本題に移りましょうか。実は先ほど、お話してきましたのよ。噂の編入生さんと」


その一言でサキは足を止めた。予想通りと言わんばかりの笑みを浮かべながら、氷真も足を止める。


「初日のはずなのになぜか制服がボロボロでしたが、かわいい方でしたわよ。少し意地悪をしてしまいましたので、嫌われていないといいのですが。今度食事に誘おうと考えておりますの。あなたも一緒にいかが?するなら、早い方がいいのではなくて?仲介は私が務めますわよ」

「…流石は名門近衛の令嬢。初日から男に唾つけてきたって訳か」


振り向きもせず小馬鹿にしたように答えるサキ。氷真は不敵な笑みを崩さない。


「あらあら滑稽ですわ。世の中をそんな風に斜めからしか見れないなんて。高等部でも、友人の一人も作らず、に勤しむ日々を過ごすおつもりで?」

「貴様が友人作りを語るか。笑わせるな。家でも外でも猫を被って生きるのは大変だな、お嬢サマ」

「その年で処世術も知らないのであれば、先が思いやられますわね。ああ、のご令嬢には難しい話だったかしら?」


刹那、キィィィンと甲高い衝突音が、廊下に響き渡った。サキは刀を抜いて振り向き一瞬で距離を詰め、氷真に切りかかったのだ。氷真は少し驚いた表情を見せたが、その場からは一歩も動いていない。サキの刀を受け止めたのは、氷真の足元から、こちらも一瞬で伸びてきた氷の柱だった。


「ここでやりますの?この場一帯がただでは済みませんわよ」

「安心しろ。しばらく口が開けないようにするだけだ。すぐに、済む」

「…面白いですわ!」


氷は煙と音を出しながら刃を拒み続けるが、サキが刀に力を込め、刃が赤く染まると同時にみるみる溶かされていった。氷真の足元が徐々に凍っていく。刃の侵入を拒みつつ、氷真も次に放つ一撃の準備を整えていた。



「何をされているんですか」



遠くから聞こえてきた声に、2人は同時に魔力の放出を止めた。それが学院長の秘書を務めるマヤの声で、その一言は仕事が嫌で逃走した学院長に向けたものだと気付くのに、時間はかからなかった。


しばらく沈黙した後、サキは一歩引いて刀を収めた。それを見て、氷真も込めていた力を緩める。みるみる内に氷は溶けていき、廊下には水が残った。一瞬目が合う2人。だがサキはすぐに踵を返し、その場を後にした。


「本当は彼について色々聞きたかったのですが、またおしゃべりが過ぎてしまいましたわ」


その場に残された氷真はやれやれといった表情で独り言を言った。彼女がパンパンと手を叩くと、どこからともなく一人の女生徒が現れた。すぐに膝を突き氷真に頭を下げる。彼女は氷真に何かを伝えている様子だ。氷真はそれについては何も言わず、代わりにこう告げた。


「佐藤ユーゴの監視は引き続き行ってちょうだい。一条さんは、先日バレてしまったようですので、最大限の注意を払って続行」


女生徒は何も言わず、景色に溶け込むようにその場から消えた。氷真は時間を確認すると、レセプション会場へ向かって歩き始めた。


「学院長鷹司凜華。元魔術特区最高意思決定機関”フクロウ”のメンバー土御門ハル。とんでもない大物の名前が出てきましたわね。ふふっ、ユーゴさん。アナタ本当に一体何者ですの??」

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