第一話 始まりの饗宴③
「本ッッッ当に申し訳ない!!!」
学院長室に来たユーゴの目に飛び込んできたのは学院長の平謝りだ。入学初日から学院トップの謝罪を受ける学生もなかなかいないだろう。だが、警報音の件は完全に学院長のミスなようだ。本来学生全員に刻むべき紋章、学院の生徒であることを証明するために学院長直々に体に刻まれる紋章を、うっかり忘れていたというオチである。
「ユーゴの入学はイレギュラーな対応が多くてな。新入生に紋章を刻むルーティンが完全に抜けてたんだよ。本当にうっかりしてた」
「随分なうっかりですね学院長。入学が決まってからかなりの時間ユーゴさんと一緒に行動してましたよね?何がどうなったらうっかり忘れてしまうのか。たまには反省文でも書いてみますか?」
「いや…、ハイ。おっしゃる通りです。ハイ、反省してます…」
下げていた頭にマヤの言葉が突き刺さり、みるみる小さくなっていく学院長。いつの間にか床に正座している。
「そんなに落ち込まなくても大丈夫だって凛ちゃん。制服は…ちょっとボロくなったけど、マヤさんから制服の修繕は無料だって聞いたし。この件はもう終わり!だから顔上げてよ、ね?」
ユーゴが言い終わると同時に、学院長はバシッとユーゴの手を掴んだ。彼女が力を加えると、ユーゴの手は黄緑色の光を放ち始めた。チリッチリッと僅かな音を立てるその状態で約10秒。学院長が手を離すとユーゴの手の甲には美しい模様の魔法陣が刻まれていた。だがそれはすぐに消えてしまった。
「…凛ちゃん。消えちゃったんだけど」
「大丈夫。紋章は間違いなく刻まれた。お前もこれで正式にこの日本国立魔術学院の一員という訳だ。歓迎するぞ佐藤ユーゴ。…本当によく来たな」
学院長から手を差し出され、ユーゴはその手を取り握手を交わした。本来高等部1年は始業式だから、実質これが佐藤ユーゴの入学式だ。マヤもその様子を笑顔で見つめていた。
「早速だがユーゴ。お前に言わなければならない事がある」
「お、凛ちゃんなんか威厳あるね。何でしょうか!」
「それ!その呼び方!今この瞬間からアタシは先生、キミは生徒だ。小さいころからそう呼ばれてきたからなんだか寂しい気もするが、ここはビシッと言わせてもらおう。ユーゴ。今後アタシのことは…」
「凛ちゃん先生!」
「採用」
昨日までに済ませておくべきだった紋章刻印から茶番まで滞りなく終了したが、始業の時間までまだ少し時間がある。始業式はただ話を聞くだけの退屈な時間なので(学院長の言葉とは思えない)、始業式終了後のレセプションまで学院内を見学しろとの事だった。
「おっし。それじゃアタシが直々に学院を案内してやろう!ここは本当に広いからな、駆け足で行くぜ!まずはー」
「学院長室です」
マヤはユーゴの手を引いて部屋を飛び出そうとした学院長の頭をガッチリと掴んでいた。
「ユーゴさんを巻き込んだ大胆な作戦でしたが、残念でしたね。あなたの居るべき場所はここです。まったく…。スケジュールを組みなおしますので、その間にさっきの続き、やってて下さい」
「痛い痛いぃぃぃぁぁあんまりだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
マヤに頭を掴まれ部屋に引き戻される
ユーゴはカバンからスケジュールの書かれた紙を取り出す。今は8時半。レセプション開始は11時。学院がとてつもなく広いことは聞いていたが、2時間半もの間1人でうろうろするのも気が引ける。どうしたものかと考えていると、
「私が案内するのはどうだい。もっとも、この体じゃ全部は案内してやれんがね」
いつからそこに居たのか、ユーゴの後ろには少し腰の曲がった老婆が立っていた。白い髪は綺麗に結われており、清潔感のある女性だった。
「えーっと、ありがとうございます。その…」
「
「懐かしい顔って…」
土御門は学院長室の扉を見た。
「おばあさん、凛ちゃん先生の…先生ってことか!?ってことは…」
「ふふ。凜華ちゃんも、あっちゃん…君のお母さんも、私の教え子さ。学院の案内よりも、こっちの話の方が気になるかい?」
そこから2人は近くのベンチに座り、話し込んだ。ユーゴの前に現れた謎の老婆の正体は、なんと学院長の、そしてユーゴの母の恩師だったのだ。当然ではあるが、学院長も、そして母にも、学生時代があったのである。聞いたこともない話の連続にユーゴはすっかりのめりこんでいた。
「それで結局、2人のせいで旧校舎の南棟と体育館は跡形もなく消えてしまってね。その跡地は屋外訓練所になったみたいだけど」
「超問題児じゃん!その後2人は?」
「そのまま逃げたんだよ。信じられないでしょ?それで私が捕まえた。北海道でね」
「北海道まで逃げてたんすか!?マジでどういうこと(笑)」
廊下に響く2人の笑い声。楽しい時間はあっという間に過ぎ、気が付くと2時間が経過していた。ユーゴは時間を確認すると、座ったまま背伸びをした。
「楽しいお話ありがとうございました。俺、そろそろ行きますね」
「私も楽しかったよ。またお話しましょうね。大ホールは北棟の5階だから、そこを左に曲がって真っすぐ進むと近いよ」
一礼し、教えてもらった方に進もうとしたユーゴだったが、土御門に呼び止められた。
「うっかりしていたわ。ごめんなさい。君に、ユーゴ君に聞きたいことがあったのを忘れていたよ。ずっと私ばかり話してたからね。最後にユーゴ君の話を聞かせておくれ」
「俺の話、ですか?」
「ええ。短くても、もちろん長くなってもかまわないよ。君の、今の気持ちについて」
今の気持ち…。魔術学院に無事入学した今の率直な気持ち、ということだろうか。現時点での将来の夢、とかそういう話だろうか。反応に困っているユーゴを見て、土御門は質問が悪かった、と声をかける。
「遠回しに聞くのは、私らしくなかったよ。聞き方を変えるわね」
土御門は姿勢を正し、ユーゴの方にまっすぐ向き直った。ユーゴも先ほどまでとは異なる真面目な空気を察し、体を彼女に向けた。一呼吸置いた後、土御門はゆっくりと語った。
「ユーゴ君がここに編入することを志していると聞いた時から、聞いてみたいことがあったのよ。時間は経っちゃったけど。君は見事にこの学院に入学した。今日から君は、この学院の一員。そんな今の君に尋ねたいことがあるの」
「5年後に、君の死刑が確定していることについて」
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