第一話 始まりの饗宴②
「す、すげえ」「本当に私たちと同じ学生なの?」「流石サキ様…♡」「あの人、死んでないよね…?」
先ほどまで言葉を失っていた生徒たちがポツリポツリと口にしたのは、尊敬や畏怖の言葉だった。どうやら彼女は、学園でも指折りの実力者として有名なようだ。そして一部、吹き飛ばされたユーゴの心配をする声も聞こえる。目立った抵抗もせず、さらに話も聞いてもらえず倒されたのだ。同情するのも無理はない。想像通りの展開だったのか、その他の生徒は一連の騒動に興味をなくし、校舎に向けて歩き始めている。一条サキは周りの反応など意に帰さず、ユーゴが倒れているであろう方向をジッと見つめていた。
「うおぉ!アイツ立ってんぞ!」
誰が発した言葉なのか、その一言で生徒たちの注目を再び集めることとなった。土煙の中からコッ、コッと石畳を歩く音が確かに聞こえる。鳴りやんでいたブザーが再び音を発し始めた。びゅうと強い風が吹くと、そこには門をちょうど踏み越えた佐藤ユーゴが立っていた。
「…いろいろ言いたい事あるんだけどさ、これ弁償してくれよマジで。袖通すの今日で2回目だぞ?初日に制服がボロボロになるとかありえないだろ」
確かにユーゴの制服は両手の袖部分が破れたようになっており、彼は半そでの服を着ているような格好になっていた。この汚れとか、洗って取れるんだろうな…。そんな独り言を言いながら、制服に付いた汚れを手で払い落とす。一体何がどうなってこうなったのか、全てを理解している生徒はいないが、揺らぎようのない事実が一つある。一条サキの攻撃をまともに受けた人物が無傷で立っている。到底信じられないこの状況に動揺する生徒たち。一条サキも平静を装っているが、その表情から動揺していることが見て取れる。
「無傷…なのか?」
「は?いやコレ!俺の制服!…あ!ズボンもちょっと破れてるよ…!」
「そうではない!貴様は、貴様自身は無傷なのかと聞いている!加減したとは言え、ただの火傷では済まない技のはずだ!」
ユーゴが激突したであろう部分の壁は、少し凹んで亀裂も入っている。そしてその跡を真横に両断するかのように、墨で描いたような黒い一文字が残されていた。墨はまだ熱を帯びており、焦げたような匂い、音、そして煙を発していた。これが、彼女の一撃。それをまともに食らえばどうなるか、想像するのは難しくない。しかし、彼は見たところ火傷どころかかすり傷一つ負っていない。体の内側を怪我した様子もない。制服が乱れ、顔が少し汚れていることを除けば、攻撃を受ける前と何も変わっていない。
「カバンは…、大丈夫そうだな」
ユーゴは上着についた土埃を払い落としながら、攻撃を受けた場所まで戻ってきた。佐藤ユーゴ自身の状況は、先ほどからまったく変わっていない。この騒ぎを聞いて、俺の事を知ってる人が来てくれるまで待つしかないのかと、ユーゴが考えていたその時だった。
「見て、サキ様が刀を!」「こんな近くで見れるなんて…!」「これ、私たちも危ないんじゃ…」
ユーゴはまさにゆっくりと刀を抜く一条サキの姿を見た。見るものを圧倒する立ち姿。抜いたその刀身は赤く揺らめく炎で覆われていた。その火の光が、彼女の身体を不気味に照らしている。離れていても、肌に熱を感じる。刃から静かに噴き出る炎が幻覚などではないことをユーゴは即座に理解した。
「貴様がただ者でないと判明した以上、本気で仕留めさせてもらう」
「え?仕留め…、えぇ!?」
さっきより物騒になっているではないか。やはり学院長の名前を出すしかない。勇気を出して先ほど考えたセリフを口に出そうとしたが、今回も彼にその時間は与えられなかった。
それは瞬きほどの時間で行われた。一条サキは刀を頭上に振り上げ、刀を構えた姿勢から体の重心を前に傾けた。ユーゴが、周りの生徒が確認できたのはそこまで。次の瞬間、彼女はユーゴの前に移動。さらに先ほど構えた姿勢からすでに刀を振り下ろし始めていた。ユーゴは反応することはおろか、驚きの声すら発する間もなかった。
ギイィィィィィンン…
響いたのは、金属同士の衝突音だった。肉が断ち切られる時に音がするのはアニメとゲームの中だけだが、金属の衝突音は現実でも変わらない。ユーゴが金属の得物を隠し持っていたのだろうか。否。今回は土煙が立たなかったため、当事者2名を含め、状況はすぐに理解できた。
「刀を、収めて頂けますか?一条サキさん」
そう優しく語るのは、一条サキと佐藤ユーゴの間に割って入った人物。黒髪短髪でメイドのような格好をした女性は、一条サキの一撃をサバイバルナイフのような短い刃物で受け止めていた。
「…!マヤさん!」
「お久しぶりですね、ユーゴさん」
その女性は、ユーゴの知り合いのようだった。一条サキの一撃から身を呈して守ってくれた形である。サキが刀を収めたことを確認すると、マヤはパンと手を叩き、周りの生徒に向かって話す。
「お騒がせをしてしまい申し訳ございませんでした。生徒の皆さんは各自、校舎入口に貼ってある教室場所を確認してから教室に向かって下さい。一条さんもまずは教室に戻って下さい。後ほど伺います」
自身の服を整え、踵を返しその場を後にするサキ。彼女がどのような表情をしているのか確認することは出来なかった。残されたのは、校舎へと戻るサキを見送るマヤと、尻もちをついて座ってるユーゴだけだ。一連の様子を見ていた生徒はもちろん、後から来た生徒もなんとなくただならぬ空気を感じたのか、ユーゴの周りを避けて歩いているようだ。
「立てますか、ユーゴさん?怪我はありませんか?」
「あ、ありがとうございます。大丈夫ですよ。怪我ももちろん大丈夫ですよ!」
「今回の件、すべてこちら側の責任です。大変申し訳ありません」
詳しい話は後ほどとのことだったが、今回の件はユーゴ自身に問題があったわけではなかったようだ。ユーゴは一先ず胸をなでおろした。
「遅くなってしまいましたが、編入試験の合格と、本日のご入学、誠におめでとうございます。私も本日、ユーゴさんに会えるのを楽しみにしておりました」
そう言ってほほ笑むマヤの顔は、先ほど刀を受け止めた女性とは思えない聖母のような輝きを放っていた。その眩しさに、ユーゴは直視することが出来ず目を逸らす。照れ隠しのつもりか、あ~腰痛て~、などと独り言を言うユーゴだったが、その間にマヤは彼のカバンを拾い上げた。
「さあ、行きましょう。鷹司学院長が部屋でお待ちです」
いつの間にか、警報音は止まっていた。校舎に向かって歩き出したマヤにユーゴも続く。出鼻を少々くじかれてしまったが、どうということはない。時間もまだ余裕がある。ユーゴは再び、宿舎から学院に来た時のような自身に満ちた足取りで歩き始めたのだった。
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