第一話 始まりの饗宴①

15歳の少年、佐藤ユーゴは新品の制服に身を包み、学院指定のカバンを片手に、国立魔術学院の正門前に立っていた。伝えられていた集合時間は午前9時だが、高ぶる気持ちを抑えることが出来ず、5時半に起床。ゆっくり朝ごはんを食べ、ゆっくり身支度をして、整髪料で短い髪についた寝癖を直し(普段はしない)、お気に入りの音楽を3曲ほど聞き、家を出発。それから一歩一歩大地を踏みしめるように歩いたが、現在時刻は午前8時だ。


どうやら始業時間も9時のようで、生徒はまばらだ。今日は彼らにとっては始業式。ユーゴにとっては入学式だ。魔術学院は初等部、中等部、高等部に分かれているが、この魔術特区に学院は1つだけ。必然的に小中高一貫となる。つまり本日、ユーゴ以外に入学式を迎えるのは、幼稚園を出たばかりのかわいい子供たちだ。少し離れたところから、その子供たちだろうか、賑やかな声が聞こえてくる。最初、ユーゴはその集団に交じって入学式を行う予定になっており、それを聞いて全力で拒否したことを思い出し、少し表情を緩ませた。


「ようやくスタートラインだよ。お母さん」


ユーゴは改めてそびえ立つ学院の校舎を見た。6年間所属する初等部は本土で言うと小学校。中等部は3年間。本土で言うと中学校。ここまでは呼び方が違うだけだが、高等部は年数が変わって5年間。つまり20歳までこの学院で過ごすことになるのだ。


「さて、時間は有り余ってるし、約束の時間まで探検でもするか。この前来たときは、ゆっくり見る時間なんてなかったしな」


天気は晴れ。沿道の桜は満開。風とともに、花びらが登校中の生徒たちに降り注ぐ。これ以上ないと言い切れるほどの、完璧な”日本の春”のムード。胸の高鳴りをそのままに、ユーゴは学院へと、その一歩を踏み出したー。



ビーッ!!ビーッ!!ビーッ!!



聞く者の不安を煽るけたたましいブザー音が、学院中に響き渡る。ユーゴも先ほどまでの胸の高鳴りが、心拍数上昇と表現されるものに変わる程度には驚いたが、それは大した問題ではない。彼はすぐに自身の周りで起きている異変に気が付いた。


「俺………、なの…?」


ブザー音は変わらず鳴り響いている。周りの生徒は間違いなくユーゴを見ていた。後ろも人だかりの気配を感じる。学院の窓からこちらを見ている者もいる。おかしい。先ほどまで生徒はまばらだったはずだ。あっという間にユーゴを中心とした人だかりが出来てしまった。


「ブザーってあの人?」「ヤバ。侵入者ってこと?」「制服着てんじゃん」「生徒じゃないの?」「コスプレw?」「いや同い年くらいでしょ」「警備員何してんだよ」「何突っ立ってるのw」「なんかウケるんだけど」


皆さん。お騒がせして申し訳ございません。私は本日からこの学院の高等部1年に編入することになった、佐藤ユーゴです。この学院の学院長である、鷹司凜華たかつかさりんか様にお取次ぎいただけないでしょうか。

………なんて言える訳もなく、ユーゴはその場に立ち尽くしていた。そして泣きそうになっている。この空気に耐えるのも限界が近い。ああ、早くも人生トップクラスのピンチ。誰か助けて下さい(泣)。


その時、ユーゴは素早く後ろへ飛んだ。刹那、ドォン!!と、先ほどまで彼が立っていた場所に何かが降ってきた。土埃が上がり、詳しくは分からないが、地面には小さな亀裂が入っていた。風が吹き、落下点から現れたのは、深紅の髪を無造作に後ろに束ね、周りの女子生徒が着ているものと同じ制服の少女だった。周りと決定的に違うのは、彼女の手には日本刀のような刀が握られてることである。


「一条さんだ!」「一条サキ…」「サキ様よ!」


周りの空気が変わった。彼女は学院内では有名人なのかもしれない。…などと考える余裕はユーゴに与えられなかった。一先ず挨拶を試みようとした矢先、彼女は刀を構えなおし、ユーゴに向かって突進してきたのである。しゃがんで、飛び跳ねて、転がって、あまりかっこよくはないが、ユーゴは振り下ろされるその刃をかわし続けた。


「ちょっとまってちょっとまって、待って!誤解なんだって!」


転がったユーゴに追い打ちを仕掛けようとした一条サキの手が止まる。その眼から敵意が消えていないことは明らかだが、話は聞いてもらえるようだ。


「えっとー、アンタあれだろ?俺の事不法侵入者かなんかだと思ってんだろ?違うから。俺もここの生徒なんだよ、今日からな。高等部1年佐藤ユーゴ。ホラこれ。学生証」


一条サキはユーゴが取り出した学生証を見た、ように見えた。すると、ふーっと息を整え、先ほどの構えた状態から鮮やかに刀を鞘にしまう。その所作から、かなり刀を使い込んでいることが伺える。ユーゴもそれを見て、彼女に出した学生証をしまい、ふーっとため息をついた。酷い目にあったが、一先ず誤解はー。


「よくできた学生証だ。そんなもの用意できるのに、学院の結界魔法対策を怠るとは、間抜けな侵入者だな」


ー解けていなかった。


ユーゴが追加で説明する時間はなかった。一条サキは鋭い目つきで真っすぐにユーゴを捉えている。そして、鞘に納めた刀の柄に手をかけた。先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う。これから何が起こるのか、ユーゴは見当もつかない。だが、彼の第六感が、全力で危険信号を発していた。


「峰打ちで気絶させるつもりだったけど、時間もかけてられない。御免」


言い終わると同時に、彼女は頭を下げ態勢を低くした。柄を握る手に力が込められる。ユーゴは気が付いていないが、周りの生徒たちも固唾を飲んで見守っていた。


「居合・飛火一文字とびいちもんじ


それは一瞬の出来事だった。彼女が持つ刀の刃が赤く光ったように見えたその瞬間、技は放たれ、すべては終わっていた。空を切り裂く一筋の炎。その一撃はユーゴに命中、したのだろう。その瞬間を目で捉えた生徒はいなかった。だが、ユーゴは学院の敷地内から正門の外まで押し出され向かいの壁に激突、したようだ。先ほどまで彼が居た場所には彼のカバンだけが残されており、向かいの壁は土埃で何も見えないが、確かに何かがぶつかった音がした。


周りの生徒はまだ何が起こったのか頭の中で処理しきれていない中、一条サキはふーっと息を吐きながら刀を再び鞘に納めた。

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